日本よりも早く、強い規制を導入した韓国映画産業はどうなったのか
日本映画制作適正化機構(映適)は2026年3月の記者会見で、映画制作現場の働き方に関するガイドラインを改訂し、対象を制作費1億円以下の作品にも拡大したことを発表した。2023年4月1日に開始された映適によって日本映画界はどう変わったか。大きく分けて、メリットとデメリットが指摘されている。メリットは当然のことだが、労働環境の改善で、今まで契約書もなく、賃金も曖昧だったものが明確になった。一方、デメリットは、賃金などのコストがアップしたことから、製作費も従来の予算の1.2〜1.5倍ほどに増加した。この結果、資金調達が困難になって流れた企画もあるという。
従来は大手製作の1億円以上の企画が申請していたが、対象を1億円以下の企画にまで拡大するという。現在、日本映画の製作費は、ザックリ5000万円以下の低予算企画、5000万円〜1億円代前半の中規模企画、1.5億円以上の企画に分けられると思うが、今回は、この中規模以下の企画が対象となる。この対象の拡大は、日本映画の製作にどのような影響を及ぼすか?
そこで、日本の映適よりも厳しい基準を、日本に先行して導入した韓国の映画産業について調べてみた。韓国の映画製作がどうのように変化したかは、日本映画の製作の未来図の参考になるはず。
私は2020年から2025年まで、韓国の映画製作会社ミステリー・ピクチャーズの取締役プロデューサーとして務めていたが、コロナ禍を境に韓国の映画産業の大きな変化を体験した。
韓国の映画製作の環境についてKOFICの資料を中心に説明したいと思う。複数の資料を参考にしたので、重なっているところもあることはご容赦ねがいたい。
「腰」が失われた二極化
「腰」が失われた二極化(上半身と下半身の真ん中の腰が無くなったという意味/中低予算映画の衰退)という分析があるが、日本映画の製作環境も、中規模の企画が強い影響を受けることが予想され、韓国の事例はとても興味深いことだと思う。
韓国映画産業は、かつて「情熱給与」と呼ばれる徹夜撮影で象徴された過酷な環境から脱却し、現在は労働基準法と映画産業標準労働契約書を基盤とした強力な規制体制を整えている。統括の中心的役割を担っているのは、政府系の文化振興機関である韓国映画振興委員会(KOFIC)。
規制の歴史と主要組織
韓国では、2000年代半ばから労働環境の改善が本格化した。
2005年:全国映画産業労働組合(映産労)の設立
製作スタッフの権利を守るための初の公式な労働組合が誕生し、最低賃金の確保や労働時間の制限を求める動きが加速した。
2011年:映画産業協力委員会の発足
政府、労働組合、製作者協会の代表者が集まり、製作現場での「標準労働契約書」の策定が進められた。
2015年:映画振興法(映画及びビデオ物の振興に関する法律)の改正
この改正により、国の映画発展基金(助成金)を受ける作品には、スタッフとの標準労働契約書の締結が義務化された。これにより、契約を結ばない作品は公的な支援を受けられなくなり、規制が実効性を持つようになった。
具体的には以下のような内容
1.労働時間規制(週52時間制/2018年〜)
韓国映画の現場で最も大きな変化は、週52時間労働制の定着である。
基本原則:1日8時間、1週間40時間勤務が原則。
残業:当事者間の合意があれば、1週間につき最大12時間まで延長可能で、週最大52時間を超えることはできない。
特例業種除外:かつて映画産業は労働時間制限の例外である「特例業種」だったが、2018年の法改正により除外された。 したがって、現在はすべての商業映画の現場で週52時間労働を必ず守らなければならない。
2.11時間連続休憩権(退勤後、次の出勤まで)法的に保証された時間は11時間以上の連続休息
規定内容:フレックスタイム制を導入する場合や特別な残業を行う場合でも、労働日終了後から次の労働開始前まで、最低11時間連続して休憩時間を確保しなければならない。(ハリウッドでは12時間。深夜に撮影する必要がある場合は、翌日が休日の金曜に行われる場合が多いという)
実際の現場:現場では移動時間などを考慮し、これより余裕のある休憩時間を協議することもあるが、法的な最低基準は11時間。
3.最低賃金および割増賃金
最低賃金の遵守:2026年基準の最低賃金である時給10,320ウォン(約1.110円)以上を必ず支払わなければならない。
加算手当:残業(8時間超過)、夜勤(午後10時~午前6時)、休日労働の場合は、通常賃金の50%以上を加算して支払う必要がある。
包括賃金制の廃止:かつては日給や日数ごとの契約で残業手当をまとめて支払っていたが、標準契約書の導入以降は労働時間に応じた手当の精算が厳格になった。
(私がミステリー・ピクチャーズに在籍していた時の感覚では、これよりもはるかに高い金額を支払わないとスタッフは集まらなかった。)
4.標準労働契約書の作成義務
映画及びビデオ物の振興に関する法律(映画ビデオ法)に基づき、映画事業者はスタッフと契約する際に標準労働契約書の使用が推奨されており、特に政府の製作支援金を受けている映画はこの契約書の使用が必須。
含まれる内容:賃金、労働時間、休憩時間、休日、4大保険(国民年金、健康保険、雇用保険、労災保険)加入などが明記されている。
セクハラ防止と安全:契約書にはセクハラ防止教育の受講と現場での安全対策に関する義務も含まれています。
5.休憩時間
労働時間が4時間の場合は30分以上、8時間の場合は1時間以上の休憩時間を、労働時間の途中に付与しなければならない。 (通常、昼食・夕食の時間帯が該当する。)
韓国映画振興委員会(KOFIC)による監視
KOFICは単なる振興組織ではなく、ハラスメント防止や労働環境改善のためのガイドラインを策定し、その遵守状況を公的支援の条件とするなど、強い統括権限を持っている。
規制の導入の結果、韓国の映画製作はどのような影響があったか
労働環境の改善は、映画スタッフにとって単なる「長時間労働からの解放」以上の多様な変化をもたらした。 過去の「徒弟制の情熱給与」文化が「専門職としての権利」を保障する構造へと変わり、そこから生じた主な影響を整理すると。
1.経済的安定:『末っ子(いちばん下位の者)』給与の記録的な上昇
過去の映画現場で最も大きな慢性的な問題は低賃金だった。 標準労働契約書が導入されてから、時給制が適用され、特に低賃金に苦しんでいた下位職のスタッフの待遇が大幅に改善された。 実質所得の増加:調査によると、標準契約書導入初期の一部の若手スタッフの人件費は、過去と比べて50%から最大で250%まで上昇した。
平均年収の変化:20年以上前は数百万ウォン(数10万円)に過ぎなかったスタッフの平均年収が、現在では3,000万ウォン(今の為替で約315万円)を超え、「職業的持続可能性」を確保しています。
(注=私がミステリー・ピクチャーズに勤めていた時の感覚では、末端スタッフでももっと高額だった。高い賃金を約束しないとスタッフが集まらない状態。)
2.生活の質向上:『夕べのある生活』と健康権の確保
週52時間制と11時間連続休憩権は、スタッフの身体的・精神的健康に直接的な影響を与えた。
バーンアウト防止:かつては睡眠不足による現場での事故や過労死のリスクが高かったが、規則的な休息が確保されることで業務への集中度と安全性が向上した。
個人の時間確保:徹夜撮影が減少したことで、退勤後に個人の精神的安定や家族と過ごす時間が取れるようになり、これが仕事の満足度向上につながった。
3. 業務効率化:『徹底した事前準備』の習慣化
労働時間が制限されると、製作者は限られた時間内に撮影を終えるために、製作方法を革新するようになった。
プリプロダクション(事前製作)の強化:撮影現場での試行錯誤を減らすため、コンテと技術的な準備をはるかに綿密に行うようになった。 これにより、作品の完成度を高める好循環が生まれた。
高効率な勤務:「とにかく撮ってみよう」という非効率的な待ち時間が短縮され、決められた時間内に最大の成果を出すプロフェッショナルな姿勢が定着した。
(私が2000年代前半、韓国の撮影現場を取材したとき、監督の権限が日本よりも圧倒的に強く、その場で予定を変更したりすることで、美術スタッフなどが振り回され、延々と待たされることもしばしばあり、驚いた覚えがある。)
4. 4大保険(国民年金、健康保険、雇用保険、労災保険)と法的保護:『幽霊労働者』(実質的に労働しているのに、正式な労働者として認められていない人)から『労働者』へ
契約書作成の義務化はスタッフを法の保護下に置いた。
社会安全網への加入:4大保険に加入することで、失業給付や労災保険などの給付を受けられるようになった。
権利救済手段:賃金未払いまたは不当な扱いが発生した際、契約書を根拠に法的保護を求めることができる明確な根拠が整備された。
強力な労働規制と標準労働契約書の導入により、韓国の映画製作システムは「徒弟制現場」から「効率重視の現場」へと完全に変貌した。
製作面で見られた最も重要な4つの変化
1.製作費構造の急激な変化
人件費が「1日単位」ではなく「時間単位」で算定されるようになり、全体の製作費に占める人件費の比率が大幅に増加した。
人件費の上昇:週52時間労働制の遵守と各種手当の支給により、従来に比べてスタッフの人件費が全予算のかなりの割合を占めるようになった。
製作期間の延長:1日の撮影時間が制限されたため、従来は3.5か月で完了していた撮影が5か月以上に延びるなど、全体の日数が増加し、結果としてスタジオ使用料や機材レンタル料などの付随費用が上昇した。
2.「プリプロダクション(事前準備)」の絶対的な重要性
かつては現場で監督のインスピレーションに従って即興でコンテを修正したり、追加撮影を行うことも多々あったが、今ではそれがすぐに「報酬(追加手当)」に直結してしまう。
綿密な設計:撮影現場での時間ロスを減らすため、事前にすべてのショットを完璧に設計し、シミュレーションする工程が必須となった。
コンテの精緻化:現場スタッフが決められた時間内に統一された動きを取れるよう、コンテとタイムラインが非常に精巧になった。
3. 技術的代替手段の導入(VFXおよびバーチャルスタジオ)
現場撮影の時間を短縮するために、技術的なソリューションを積極的に活用するようになった。
ロケーションの効率化:遠距離を移動する屋外撮影の代わりに、LEDウォールを活用したバーチャルスタジオ撮影が増えている。 これにより、移動時間を短縮し、天候などの変数をコントロールして労働時間を厳格に管理できるようになった。
ポストプロダクションの比重拡大:現場で解決しにくい部分はVFX(視覚効果)に回し、撮影回数自体を最小限に抑える戦略となった。
4. 制作本数の二極化と「安全な選択」
規制強化による製作費の上昇は、投資や製作手法にも影響を与えた。
ハイリスク・ハイリターン:製作費が非常に高いため、確実なヒットが保証されるシリーズやリメイク、スター俳優中心の大作に投資が集中する傾向が強まった。
中低予算映画の縮小: 強力な規制をすべて守りながら映画を製作することが難しい中小規模の映画が減少するという懸念も出ている。
この中小規模の映画の企画が成立しにくくなっているということは現在の韓国映画界が直面している最も痛ましい『成長痛』であり、現実的な副作用である。
労働権保護という善意が市場の論理と衝突し、連鎖的に生じた反応を三つの観点から分析
1.製作費の『下限』が高くなった現象 かつては人件費を後回しにしたり『情熱』で代替し、少ない予算でも映画を撮ることができたが、現在は『最低製作費』自体が高くなっている。
固定費の上昇:最低賃金と4大保険、週52時間労働制の遵守に伴う撮影日数増加により、映画一本を作るために必要な最低コスト(固定費)が急激に上昇した。損益分岐点(BEP)の同時上昇:製作費が上がったため、劇場で集める観客数も増加し、これにより投資家がリスクが高く見えるプロジェクトを敬遠する原因となった。
2.「腰」が失われた二極化(上半身と下半身の真ん中の腰が無くなったという意味/中低予算映画の衰退)で最も大きな打撃を受けたのは、大作(テントポール)でもなく、非常に小規模なインディペンデント映画でもない、中規模の商業映画である。
ブロックバスターの独占:資本力のある大手投資配給会社は規制に耐えながら『確実なヒット作』に数100億ウォン(数10億円)を投じる。
インディペンデント映画の奮闘:非常に低予算の映画は『映画振興委員会』の助成金に依存するか、スタッフの了解を得てかろうじて制作されています。
中間層の消滅:30億〜70億ウォン(約3億円強〜7億円強)規模のいわゆる『腰』の役割を担っていた映画が、製作費の上昇圧力に耐えられず、製作本数が急減した結果、韓国映画の多様性が縮小する事態を招いている。
3.『効率性』の逆説と新人監督の機会縮小規制が強まると、現場は『ミスしてはならない場所』となる。
安全な選択:製作会社側は、限られた時間で撮影を終えられるベテラン監督と熟練スタッフだけを求める。
冒険回避:現場で試行錯誤を経験しながら成長しなければならない新人監督やスタッフの活動の場が減少。計画通りに堅実に作り上げなければならないシステムの中で、創造的な実験よりも『安全で検証された方法』だけを固守する傾向が生まれた。
製作本数と投資心理の変化、投資心理、リスク管理の強化、興行保証、チェック(スター俳優、シリーズ作品)中心の投資、製作本数の固定費負担による製作放棄、商業映画の公開本数減少傾向、創作環境、実験的試みの縮小、ジャンルの均一化と素材の貧困懸念
それにもかかわらず、進むべき方向として、こうした副作用のために再び過去の『搾取的環境』に戻るべきだという主張は説得力を欠く。代わりに業界では次のような代替案を検討している。
ホールドバック(Hold‑back)の法制化:劇場上映後にOTTへ移行する期間を保証し、劇場収益を最大化することで製作費の上昇分を補填する。
製作システムのデジタル化:前述のバーチャルスタジオ等を活用し、オフライン撮影回数を画期的に削減する技術的突破口を確保。
政府支援政策の細分化:人件費上昇の直撃を受けた中小製作会社向けに、カスタマイズされた金融支援を拡大。結局、「労働権の保護」という価値を守りつつ、「産業の活力」を失わないために、韓国映画界は現在、高額な授業料を払って新たなビジネスモデルを模索していると言える。
以上が、KOFICなどの資料から調べた韓国映画産業の規制である。
経費はすべて制作会社の法人カードで支払う
この規制の以外でも、実際に私が体験したことで、ちょっと驚くことをご紹介しよう。
韓国の映画製作の現場では、シナリオ執筆のための資料の購入、高速道路使用料金、撮影中の食事などの費用を払うとき、個人のクレジットカードや現金での支払いは認められない。製作会社の法人カードで支払うことが前提になっている。
韓国の映画・映像製作現場では、高速道路料金や食事代などの経費支払いに法人用クレジットカード(法人カード)や銀行振込を使用することが事実上の標準となっており、「現金での支払いは原則認められない」という運用が徹底されている。
これは単なる慣習ではなく、主に以下の3つの理由に基づいている。
1. 公的支援(助成金)の受給条件
韓国映画振興委員会(KOFIC)や各地域のフィルムコミッションから製作費の支援(キャッシュリベートや助成金)を受ける場合、支出の透明性を証明することが義務付けられています。 ロケ誘致のインセンティブを受ける時。
証拠の限定: KOFICのガイドラインでは、認められる支出(QPE: Qualifying Production Expenditure)は「法人カードでの決済」または「電子税務インボイスに基づく銀行振込」のみと規定されていることが一般的である。
現金支出の不承認: 領収書があっても、現金で支払った場合は「不透明な支出」と見なされ、助成金の精算対象から除外されるリスクがあるため、製作会社は現金払いを厳格に禁止します。
2. 税務当局(国税庁)による監視
韓国では企業の透明性を高めるため、法人による「接待費」や「経費」の支出に対して厳しい税務ルールがある。
1万ウォン(約1,100円)超のルール: 1件あたり1万ウォンを超える支出(特に飲食費など)については、従業員個人のカードや現金ではなく、法人名義のカードを使用しなければ経費として認められない仕組みが浸透している。
不法資金(裏金)の防止: 現金支払いをなくすことで、製作予算の不正流用やリベートの授受を物理的に防ぐ狙いがある。
3. キャッシュレス社会の徹底
韓国は世界でもトップクラスのキャッシュレス社会であり、店舗側にもカード決済の導入が法律で義務付けられている。
高速道路: ハイパス(韓国版ETC)の利用が前提であり、現金でやり取りする場面自体が非常に少なくなっている。
現場の食事(食補): 撮影スタッフが利用する食堂やケータリングも、あらかじめ契約した店舗で法人カード決済を行うか、月単位でまとめて銀行振込にするのが通例である。(お金の使用とは関係ないが、韓国の撮影現場では、ロケ先でもロケ弁はほとんどない。ケータリングが用意されていたり、近所の食堂と契約している場合が多い。)
親しい友人でもある「家紋の危機」(2005)シリーズで知られるチョン・ヨンギ監督に招かれ、2007年、「ワンス・アポン・ア・タイム」(2008/日本未公開)の撮影に招かれた。植民地時代の韓国を舞台にしたアクション大作で、当時の街並を再現したプチョン・ファンタスティック・スタジオ(太秦映画村のようなところ)で撮影は行われた。スタッフは30~40名もいて、昼になると、セットの店にケータリングが用意され、ビュッフェのように、それぞれ好なだけ食べられる。かなり豪華で豊富なメニューに驚いた。このころは、まだ合理化が進んでいない時代であったが、和気藹々の雰囲気があった。
現場への影響
この徹底したカード社会化により、スタッフが自腹で立て替えて後で現金精算するという日本でよく見られる光景は、韓国の組織的な製作現場ではほぼ姿を消している。代わりに、各部署の責任者に法人カードが配布され、すべての支払履歴がデジタルで管理される仕組みになっている。
私が勤めていたミステリー・ピクチャーズは日本の法務局に法人登記していたが、経理のシステムは韓国本社に従っていたので、上記のルールを守っていた。私は、会社の法人カードですべての支払いをしていた。困ったのは、交通費の精算で、私に支給された銀行のデビットカードでSuicaやPASMOはチャージできなかったことだ。
私はミステリー・ピクチャーズでは「オクス駅 お化け」(2022/チョン・ヨンギ監督)、「毒親 ドクチン」(2023/キム・スイン監督)、「アンダー・ユア・ベッド」(2023/SABU監督)、「6時間後に君は死ぬ」(2024/イ・ユンソク監督)、「神社 悪魔のささやき」(2025/熊切和嘉監督)などに関わったが、これらの作品はみな10億ウォン前後(約1億円強)で、韓国では低予算の部類に入る。腰を失った2極化の下半身の部分である。この種の作品でも、スタッフには、ある程度の給与を提示しないと人材は集まらない。つまり、低い賃金では人は集まらず、企画は成立しない。日本の5000万円以下の低予算映画は、韓国では映画大学の卒業制作などの作品で、韓国では劇場公開される商業映画で5億ウォン(5000万円)以下の作品はまずあり得ない。
腰の部分の30億〜70億ウォン(3億強〜7億強)は、日本では大手の製作する作品の製作費だが、この層か韓国では中規模となる。この層の作品が製作されなくなったことで、韓国映画の多様性が失われた。
因みにパク・チャヌク監督の「しあわせな選択」は製作費180億ウォン(約19億円)で、韓国のメジャー作品はだいたいこのレベルである。
一方、日本では、私がプログラミング・デイレクターを務める田辺・弁慶映画祭の受賞作品のような数10万円から500〜600万円で製作される映画がアップリンク吉祥寺や新宿Ksシネマをはじめとする劇場で普通に公開されるが、韓国では、そのような劇場もなければ、そうした公開は一般的ではない。
もし、日本も、この腰の部分、中規模の企画が減少すれば、日本映画の多様性は失われることになるだろう。確かに、日本の映画製作現場の労働環境(賃金、労働時間、保険、セクハラ、パワハラ、etc)はいいとは言えない。私は大学の映像系学部の教員の経験もあるが、多くの学生は、噂に聞く過酷な製作現場へ進もうとは考えない。安心して働ける環境を用意しなければ、人材は先細るに違いない。
一方、カンヌ国際映画祭では2024年に“監督週間”に選出された山中瑶監督「ナミビアの砂漠」、昨年の “監督週間”に出品された団塚唯我監督「見晴らし世代」、今年の“ある視点”に選出された岨手由貴子監督「すべて真夜中の恋人たち」、2024年ヴェネチア国際映画祭に選出された空音央「HAPPYEND」など、インディペンデント系で製作、配給される日本映画は世界の映画祭で高い評価を受けている。これらの映画は、韓国映画界で「腰」と言われる中規模の部分で、日本映画の若手人材の発掘、育成、そして企画の多様性を支えている。
実際、私がプログラミング・ディレクターを務める田辺・弁慶映画祭はじめ、日本の様々な映画祭から有望な若手クリエーターが排出されるが、自主映画から、次の商業映画につながる道が限られている。若い監督たちが野心的なプロデューサーと出会うことがステップ・アップのきっかけとなるのだが、プロデューサーにとって、製作費の高騰は資金調達の壁となる。
映画、映像製作の現場で働く人材の環境改善と、日本映画の若手クリエーターの発掘、育成、多様性の維持といったことを、どう両立させていくかが喫緊の課題だと思う。