第11回

久松猛朗 東京国際映画祭フェスティバル・ディレクター

掛尾 久松さんは、東京国際映画祭のフェスティバル・ディレクターを、第30回(2017年)、第31回(2018年)、第32回(2019年)、第33回(2020年)と4回務め、いったん離れた後、今年、5年ぶりに復帰しました。しばらく映画祭から離れて、再び映画祭に復帰したわけですが、外の世界を見たことで、映画祭に対する見方が変わったとかありますか。たとえば、私がディレクターを務める田辺・弁慶映画祭にも参加していただきました。

久松 実は、またやるとは思っていなかったので、そういう目では見てませんでした。ただ、田辺・弁慶映画祭はすごく勉強になりました。やっぱり作品見ていて面白かったんですよね、純粋に。映画祭っていうと、上映作品の選考にいろいろ議論があるじゃないですか、商業映画は映画館でやれとか。だから、映画館で上映しない映画をやるのが映画祭だみたいな意見を言う人が結構いらっしゃるんですよね。前回のTIFFのときは、僕は「アートとエンターテインメントの調和」みたいなことをスローガンに掲げてやったら、「アートとエンタメが調和するわけ、ないじゃないか」みたいなことを言う人がいて、結構叩かれました。でもそのことはずっと、僕のなかに残っていて。僕は、もともと興行、映画館に配属されて、洋画の番組編成をやったり、ビジネスサイドから来てるじゃないですか。いちばん最初に配属されたのが「マルショー(丸の内松竹)」という映画館で、毎回、上映が終わると、入り口に立ってお客様に「ありがとうございます」と言って頭を下げることを、ずっとやっていたわけですよね。そういうときに、お客さまからの視線が痛い時もありました。明らかに、あんまり面白くない映画やってるなっていう時にね。あとガラガラだったりしたとき。で、僕の同期で、映画製作に配属された人もいるから、たまにそういう人や、その先輩のプロデューサーとか演出部の人と一緒に話す機会があって、僕がお金のことを言うと、「金のこと言うなって、俺らは芸術やってんだ」みたいなことを言われて。でも、映画館に来るお客さまの顔を思い出せば、いくらいいものを作っても、その人たちの心に届かなければ意味がないと思ったりしました。映画ってやっぱり商業性と文化性、両面持っていて、ビジネス的なところがちゃんとないと、全体では回っていかない。「いくらいい映画を作ってます」とか言っても。で、当時やっぱり「マルショー」で邦画をやるときは、お客さま、全然入ってなかったんですよね。お客さんに見てもらえるっていうところが僕の原点ですね。

久松猛朗 東京国際映画祭フェスティバル・ディレクター

掛尾 丸の内松竹は、昔の丸の内ピカデリーの地下にあった映画館ですね。僕もそこでよく映画を見ました。久松さんがそこに配属されたのは1970年代の後半ころだと思いますが、邦画の元気がなくなるころですね。

久松 今回もまあ、同じように考えています。やっぱり映画って多様で多彩なことが魅力じゃないですか、僕自身もいろんな映画を見るし、すごいホラー映画好きな人がいれば、コメディ好きな人もいるし、高校生胸キュン好きな人もいて、そういうのも含めて映画じゃないですか。それを一部のシネフィルの人たちが好きな、アート系のとんがったとこばっかりいくっていうのは、どんどん狭めていくなっていう思いはありますね。だから、より多様で多彩な映画の魅力を伝えるっていうのが一つの意識です。

掛尾 私も、かつて東京国際映画祭に関わっていたこともあって、その時、どうしたらより多くの人の関心を集めるかというようなことが議論になり、外部の有識者の方々に参考意見を聞くことがありました。なんとかプランナーとかシンクタンクの人たちが多かったのですが、みなさん、「日本の映画祭はダサい、カンヌを見習え、華やかなレッドカーペットの上を世界中のスターが歩いている」みたいなことを言います。でも、その人たちは、そこしか見てないんですね。カンヌ映画祭のコンペは、「ある視点」部門や「監督習慣」部門も含めて、それこそ南米、中東、アフリカ、アジア、世界中の多種多様な映画が選出されている。スターが出ている招待作品の上映と、多様な作品の両輪で構成されているけど、外部の人は片輪しか見ない。久松さんが言うように、アート系しか見ない人もいます。

久松 そうですよね。だから映画祭ってやっぱり、いろんな角度から見れるから、一言で難しいですよね。TIFF(東京国際映画祭)は来年が40回、カンヌは来年が80回、ちょうど半分なわけですよね。で、カンヌと競合するとか、意識するとかなんて考えるよりも、 TIFFのポジショニングっていうのは当然考えなきゃいけないと思うんです。我々は、何を果たすべきなのか、世界中にいっぱい映画祭があって、一応TIFFは国際映画祭連盟(FIAPF)がAランクの映画祭(17ある※編集部記載)と認定しているわけですよね。

掛尾 やはり、日本を代表する映画祭だから、どうしても、あれもやる、これもやると、幕内弁当的なものになってしまうところがあります。アートやSFに絞った映画祭のように分かりやすくはなりません。

久松 そうなんですよね。一方で、お客さん入るのはどうかっていう話になると、全然違う話になってくるわけですよね。僕は、TIFFの役割、使命は、アートとエンターテインメントのバランス、多様な映画をさまざまな客さんに楽しんでもらうとことにあると思っています。ところが、ステークホルダーがいっぱいいて、みんな求めてる方向性が微妙に違うじゃないですか。そこが難しいなと思いますよね。経産省が求めているもの、文化庁が求めているもの、あるいは映連(日本映画製作者連盟)が求めているものとか、それから映画観客が求めているもの、あと、マスコミですよね、メディアの人たち、みんなが求めるもの、それぞれ違っているんで、難しいなと思うんだけど。

掛尾 田辺・弁慶映画祭に比べると、さまざまな力学があって、調整は大変ですね。

久松 そうなんですね。それで、僕は、バランスを考えて作品の選考をしようと思うのですが、あるところからは、コンペの作品はどうしてお客が入らない。もっとお客の入る作品にしたらというような意見も出てくる。さっき、僕はお客さまの入る映画をやりたいと言ったけど、全部がそういう映画ということではなくて、多種多様な映画をやりたい。お客さまが入る映画だけ選べば、コンペとして成立しなくなるから、それは違うと。繰り返しになりますが、僕は、多種多様な映画をやりながらバランスの取れたプログラムを考えたいと考えていますが、事情が分からない外部からも意見が出てくるので。いろいろな意見の板挟みになります。

掛尾 まあ、東京国際映画祭の規模からすれば、そうなるのでしょうね。田辺・弁慶映画祭は、予算規模は、たぶん日本の映画祭で最小レベルだと思いますが、幸い主催する自治体から、運営はほとんど任されています。しかし、TIFFは、省庁はじめ、多くのところからの資金を受けているので、それぞれの要望を聞きながら調整する苦労は分かります。私も、かつて、いろいろな事業を請け負ったことがありますが、数年ごとに担当者が変わり、そこで方針が変わったり、我々の世界の事情を理解していないで、妙にやる気をだされて、積極的に意見を出されて混乱したことがありましたから。そこで、あまり強く反論すると、予算を減らされかねないので、丁寧に説明して、理解してくれるのを待つ。そうすると、また担当者が変わって(笑)。

久松 本当に、その通りで。最初の話しに戻るのですが、田辺・弁慶映画祭は、田辺まで行って見て、それから、テアトル新宿の弁慶セレクション上映にも行って、すごくバランスがいいなと思いました。それは、一般の観客が見る時の視点が、審査に入っていると感じました。そのバランスがまさに僕が言おうとしていた、多様性とエンターテイメント性が両立していて、映画祭としての賞があって、それで終わりじゃなくて、これを一般に公開して、その過程で、一般の人が見るという視点があるということが、僕はすごくいいなと思った。

掛尾 あのかたち、田辺・弁慶映画祭の受賞作品をテアトル新宿のレイトショーで、普通に興行するというかたちになったのは、試行錯誤しながらたどり着いたんですね。映画祭の審査員でもある、東京テアトルの社員の沢村さんが、会社と調整しながら始めました。しかし、久松さんも劇場を担当したことで分かると思いますが、ビジネスですから、興行収入のアベレッジ(その映画館の平均興行収入)を割れば、当然、上映は打ち切りになるわけです。弁セレの上映は、2024、2025、2026と前年を更新し、劇場アべレッジをクリアしています。レイトショー3週間で、3000~4000人の動員をしています。私も1990年代ですが、キネマ旬報にいたとき、新宿武蔵野館の番組編成を10年間ほどやっていましたから、ある程度、興行の反射神経は持っているので、映画祭と一般の興行のバランス感覚はあります。久松さんがおっしゃる通り、映画祭と一般の観客のバランスというのは難しいですよね。アートに偏れば、一般の観客は置き去りにされ、シネフィルのためだけの上映になり、一般の観客を意識したエンタメ作品ばかり上映すれば、普通のシネコンと変わらない。主催者が、特定のテーマに絞り込んだ小規模な映画祭なら、そのジャンルのファンのための作品でいいと思いますが、東京国際映画祭のような、大規模な映画祭では、多様なテーマを取り上げる必要があると思います。でもTIFFはカンヌではなく、TIFFなりの役割があると思います。話を戻して、久松さんに田辺・弁慶映画祭を褒めていただくのは本当にありがたいのですが、TIFFと同じように田辺・弁慶映画祭も、一部の方から誤解というか、偏見を持たれています。田辺・弁慶映画祭は映画館で当たる映画を選ぶから、純粋にアート、映画の芸術を追求している映画祭ではないと。

久松、それはしょうがないですよ。唯一無二の映画祭になったなということなんじゃないですか。

掛尾 今日は田辺・弁慶映画祭の話しではないので(笑)、TIFFについての質問を続けます。TIFFのポジショニングについて話されましたが、今、日本のアニメは世界から引っ張りだこで、実写も「ゴジラ」や東映の「戦隊シリーズ」のようなものは海外でも人気ですが、普通の実写映画は、まだまだです。この中規模な製作費の実写映画は、カンヌ、ヴェネチィアの映画祭では毎年、コンペに選出されていますが、セールスではまだまだのようです。しかし、柚月麻子さんのミステリー小説「BUTTER」は英国をはじめヨーロッパでベストセラーになっていますし、、伊坂幸太郎さんの『マリアビートル』は『Bullet Train』として映画化されています。日本の小説に人気が出てなら、実写映画も可能性があると思います。TIFFで、日本の実写映画を発信していくような試みは考えているのでしょうか。

久松 確かに実写映画は劣等生ですよね。日本映画の中でも、明らかに海外売り上げのシェアでいうと、まあ実写映画は弱いですよね。政府もそれを分かっているから、支援しようということで、いろいろな支援をしている。一方、今年のカンヌ映画祭で日本は「カントリー・オブ・オナー(Country of Honour/栄誉ある国)」に選ばれて、日本映画が国際的に注目され、日本の映画産業やクリエイターを世界にアピールする機会になりました。それから、今年のプサン国際映画祭でも、40本近い日本映画が上映されました。こういうところをを見ると、日本の実写映画にも追い風が吹いているのかな、いい時期にきているのかなと思います。

掛尾 韓国、中国、インドでも、映画はどんどん大作化して行きます。一方、日本では中規模な製作費の多様な映画は作り続けられ、そういった映画が海外の映画祭に招待されています。

久松 そうですね。だから、今年のTIFFでは、Nippon Cinema Nowというセクションにコンペを導入して、作品賞と審査員特別賞を贈賞します。8作品を選出しました(別表参照)。犬童一心監督の作品もあったんですが、実績のある犬童監督をコンペというわけにはいかないので、特別上映にしました。

掛尾 審査員はどういう構成ですか。

久松 日本人1人に外国人2人です。

掛尾 作品賞、審査員特別賞を受賞すると、次のステップに進むというような道が用意されているのですか。

久松 賞金はあります。それから、国際支援もあるので、受賞者の後押しをしようとは考えています。このNippon Cinema Nowは、来年はさらに拡充しようと思っています。

掛尾 それは素晴らしいですね。

久松 もうひとつは、“ワーク・イン・プログレス”という企画をやります。カンヌ映画祭でも「Goes to Cannes」という似たようなものをやっていますが、これは、カンヌ、ベルリン、サンセバスチャン、ロッテルダムとかの映画祭のプログラマーを呼んで、完成前の映画を見せて、その映画祭に招待してもらう取り組みをやっています。

賞も増やして、日本映画が世界に羽ばたいていく、そんなプラットフォームというか、機能を強化したいなっていう思いがあります。もちろん、国際映画祭なんで、海外の映画を日本のマーケットに紹介するって役割もあって、邦画と洋画のバランスも考えなければなりませんが。

「Nippon Cinema Now」「ワーク・イン・プログレス」については欄外の説明をお読みください。)

掛尾 確かに、ここ数年、NetflixやAmazon Prime Videoで日本の映画やドラマが世界に配信されるようになって、昔に比べれば、海外の人にとっても、日本の実写映画、ドラマは身近な存在になりました。観光で日本を訪れた人もすごく増えたし。

久松 それはありますね。アジア映画に対する抵抗感がなくなってきた。

掛尾 そうです。「パラサイト 半地下の家族」(2019)、「ドライブ・マイ・カー」(2021)がアメリカのアカデミーで受賞したり。

久松 僕は昔、ロサンゼルスに駐在していたことがあるんですね。そのとき、クズイエンタープライズの葛井克亮さんの奥さんでもあるフラン葛井監督の『TOKYO POP(トーキョー・ポップ)』(1987)がロサンゼルスの映画館で上映されることがあって、それを見に行ったんですよ。映画が始まると、いきなり画面にダイアモンド☆ユカイが登場したんですよ。そんなに背の大きくない日本人の男子が出てきたとき、場内で失笑がおこったんですよ。「ああ、これが日本人の受け止められ方なのか」と思ったんですよ。ハリウッドの大きなスクリーンに写る小柄な日本人、それが当時の普通のアメリカ人には違和感になっていた。あの頃は、日本に行ったことがあるのは、ごく限られた人だったから。それが、今だと、インバウンドで日本に来た人の数は圧倒的に増えて、そういう違和感はなくなった。

掛尾 一歩先に世界に出た韓国のK-POPとか、配信ドラマの「イカ・ゲーム」とかが実績をつくりましたから。

久松 昔の日本人が無理だと思っていたことが、できるようになった。

掛尾 世界が日本を受け入れる環境は大きく変わりました。環境が変わったアメリカやヨーロッパに対して、韓国の人たちは英語を学んで、積極的に出ていこうとしています。

久松 ユニ・ジャパンの中で、国際支援事業ってやっています。TIFFとTIFFCOMと国際支援という、3つの事業をやっていて、そこでは、日本のクリエイターの海外進出、海外展開する支援をやっているんで、新しい才能を後押しするのはできると思いますね。

掛尾 私は「ほえる犬は噛まない」(2000)のころのポン・ジュノ監督や「JSA」(2000)のころのパク・チャヌク監督を取材していましたが、特にポン監督は、英語があまり上手ではありませんでした。でも、その後、熱心に学んだと思いますが、すごく上達しています。ところが、日本では、そういう姿勢の人はあまりいません。特に若い人材に少ない。海外の映画祭への応募手続きも、英語で書類を書くというだけで、面倒くさがるというか、諦めてしまう。海外で評価される可能性がある監督なのに、書類手続きなどのサポートしてくれる人材に恵まれない人もいますよね。

久松 英語の問題ですよね。まあ、だいぶ昔に比べたらよくなったと思うけど。

掛尾 監督だけでなく、プロデューサーも映画が苦手な人が多い。そこで、東京国際映画祭では、毎年、同じ人が通訳として雇われる。そういった人たちが、通訳よりも、映画の仕事の方が楽しそうだと考える。そして、通訳をしていると、プロデューサーなら(監督は技術がいるから)自分でもできるのではと考える。以前、ユニ・ジャパンで、プサン映画祭や香港フィルマートで、英語で企画のピッチングをやるセミナーの参加者を募集したら、そういう英語使いの人が多数、応募してきた。こちらが、参加してほしかった目ぼしい映画のプロデューサーに、なんで応募しなかったのか訊くと、英語でピッチングするなんて、とても無理と答えた。で、当時、一緒にやっていたユニジャパンの西村隆さんと、「英語使いに映画を教える」のと「映画を知っているプロデューサーに英語を教える」のは、どっち効率的か話したことがあります。その時、英語なんて、ブロークンでもいいのだから、後者のほうがいいと2人の意見は一致したのですが、なかなかプロデューサーは育たない。英語とは関係がないかもしれませんが、最近は女性プロデューサーがふえている。今年のプサン映画祭で、VIPOが助成する国際共同制作のピッチング(英語で)に選ばれた10人のうち、9人が女性だったそうです。これは女性ではダメと言ってるんじゃなくて、男性プロデューサーはどうしたんだということなんですが。話が脱線してしまいました。私が言いたかったことは、実写映画も海外にもっと売れる、それから、これからは、海外を意識した企画を考えることも必要だということ。そして、そういうことを後押しするTIFFの役割についてですね。

久松 やっぱり、日本映画を海外に展開するということは、外国映画を知らなければいけないから、国際映画祭の役割として外国映画の-魅力的な部分を伝えるかということもあると思います。

掛尾 確かに最近の若い人たちはあまり外国映画を見ませんね。私の若いころは1ドルが360円の固定だったので、海外なんて夢の世界で、憧れもあったから、むさぼるように外国映画を見てましたね。

久松 映画って、その国の土地、風景、人、文化、社会、全部写し取ってるんで、ひとつの国を紹介するのにこんな優れたメディア、メディアっていう言い方が正しいかどうかわからないけど、はないですよね。今年のTIFFのインターナショナル・コンペティション部門に招待されている15作品のうち、外国映画は12作品です。すごくたくさんの外国映画を上映するんで、ぜひ見てもらって、興味を持ってもらいたい。いろんな国のカルチャーをそこで知ることもできるし、またいろんな国の特徴があったりもするじゃないですか傾向とか。映画って、全部、そういうものを映し出しますから。外国の文化を紹介するということも、この映画祭がやってる意味のひとつですから。

掛尾 最近の若い人たちが、外国映画をあまり見なくなったという傾向があるなかで、TIFFの役割のひとつに外国映画を通して、海外の文化を紹介するということですが、そうなると、大学生、高校生を優遇するようなアイデアはあるのですか。

久松 今年は学生料金の値下げも発表しました。1100円にしました。

掛尾 日本映画を海外に出すことも重要ですが、日本の若い世代に映画を通じて外国の文化に触れる機会を作るというのも国際映画祭の役割ですからね。ところで、私はどうしても、業界寄りの質問になってしまうので、ジーンハートの代表の井村さんが聞きたい質問です。オープニング作品、センターピン作品、クロージング作品を選んだ基準を教えてください。

久松 オープニングに相応しい作品を求めていた結果というか、別にエンタメとかアートにこだわったわけじゃないんです。まあ、オープニングのタイミングで上映できる作品から選ぶということですから。プロモーション的に配給会社が、TIFFの10月26日というオープニングの日に、彼らのプロモーション戦略が合う映画っていうのを、探していく中で、何本か候補作はあったなかで、調整したわけですから。この『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』は、なんだろう、それこそ単なるエンタメじゃない、映画として素晴らしい作品ですよね。僕なんかには、ぴったりで、映画見終わったら、口ずさむような気分になりました。もう見た瞬間に「ああ、オープニングこれね」っていう思いはありました。みんな一致してて、うん、「これでいこう」っていうことで。クロージング作品は、韓国のゾンビ映画、『コロニー/群体』ですが、エンタメ映画を探そうと考えて選んだわけではありません。『コロニー』見て、まあエンタメ映画ですけども、単にエンタメという感じでもなくて、さすがにやっぱ韓国映画うまく作ってる。それと、オープニングが日本映画なので、クロージングは外国映画のほうがバランスが取れるということもある。特別上映される『ゴジラ-0.0』についても、エンタメという以上に、日本を代表する映画として、TIFFで上映するに相応しい作品と考えた結果です。しかし、この3本が並ぶと、エンタメにこだわって選んだと思われるかもしれません。

掛尾 もう、時間がなくなりましたが、今年のTIFFのテーマというのはありますか。

久松 5つのテーマを掲げています。

1. より多様で多彩な映画の魅力を紹介したい。
 冒頭でも話しましたが、アートからエンターテインメント映画まで、幅広い作品を紹介したい。映画漬けのシネフィルだけでなく、年に1、2本しか観ない人にも楽しんでもらえるように、コメディ、ホラー、ラブコメなど、多様な映画をラインアップして観客の裾野を広げたいと思います。プログラミング・ディレクターの市山尚三さんの得意とするアート系と、私の商業映画の経験を組み合わせて、バランスを取っていきたいなと考えています。

2. 日本の映画人たちを世界へ
 これも話しましたが、日本映画の現在を海外に紹介してきた「Nippon Cinema Now」部門を、今年からコンペティション化。新たに「Nippon Cinema Now作品賞」と「Nippon Cinema Now審査委員特別賞」を設け、海外の審査委員も加えて日本の新しい才能を発掘する方針です。つまり、単に日本映画を海外に紹介するだけでなく、賞を設けることで監督の評価を高め、次の海外展開につなげようと考えています。

3. アジアの映画人たちを世界へ
 国際交流基金との共催による新部門「CROSSCUT ASIA+」というのを始めます。日本と東南アジアの映画祭の若いプログラマーが協働し、アジアの映画人や次世代の才能が交流する場をつくるというものです。東京国際映画祭を日本やアジアの映画人にとってのプラットフォームにしたいと思っています。アジアの映画人が東京に集まり、交流し、世界に向けて活動する基盤をつくるという構想です。

4. 女性映画人たちを世界へ
 これは、公益財団法人川喜多記念映画文化財団による「川喜多かしこ映画文化賞」の創設です。日本と海外の映画文化の交流に生涯を捧げた川喜多かしこさんの理念を受け継ぎ、映画文化の保存・継承と、女性映画人の功績を顕彰することが目的としています。

5. 世界へ羽ばたくプラットフォームへ
 これは、具体的な目標というより、より大きな理想のようなものです。

 2027年の第40回を節目とし、その先の10年につながる方向性を示したいと、第39回はそのための準備期間という位置づけです。映画祭を映画関係者だけのイベントではなく、一般の人にも「何か楽しそうなことをやっている、参加したい」と思ってもらえる祝祭的な場にしたいと。野外上映なども含め、映画祭の楽しさを外からも感じられるようにしたいと考えています。カンヌと競っていくというより、TIFFはTIFFの存在意義を打ち出し、我々はプラットフォームでいいなと思っていて、我々が見出した人たちが、TIFFを舞台に世界に羽ばたいていくプラットフォームになりたいということです。ということで、今回は、だカンヌ、ベルリン、サンセバスチャン、ロッテルダム、プサンのプラグラマーを呼びます。それからアメリカのアカデミー賞の代表の方も呼びます。アカデミー賞は、AMPASって言うんですけども、会員の集まりを日本でやります。アカデミーの会員は、世界で11000人もいて、日本にも70人以上いるのですが、役所広司さん、山﨑貴さんも含めて、招待状を出します。TIFFで交流して、世界に羽ばたくプラットフォームになればと思っています。

 東京国際映画祭の「Nippon Cinema Now」は、「海外に紹介したい日本映画」という視点で、日本の優れた新作映画や新たな才能を世界に向けて強力に発信・支援する取り組みです。

 2021年に創設された部門ですが、今年の第39回映画祭(2026年)からは映画祭の未来を切り拓く新機軸として「コンペティション(競争)化」され、取り組みが大幅に強化されました。

具体的な取り組みのポイントは以下の3点です。

 1. 2つの新賞を創設(グローバルな飛躍を後押し)
今年から部門内に以下の賞が新設されました。

• Nippon Cinema Now作品賞

• Nippon Cinema Now審査委員特別賞

新設された賞を通じて国内外の才能に光を当て、海外飛躍の契機を作ります。

 2. 国際的な視点での審査
海外の映画界の識者らが審査委員を務め、国際的な視点から厳正な審査が行われます。 

3. 「アウトバウンド(海外発信)」の強化
 海外発信の重視を背景に、上映作品が海外市場へ流通するプラットフォームとしての役割を担っています。

  東京国際映画祭の「ワーク・イン・プログレス(TIFF-WIP)」とは、撮影中や仕上げの段階にあり、まだ完成していない映画作品を国内外の映画業界関係者にいち早くお披露目する取り組みです。

 一般の観客向けの上映ではなく、映画ビジネスや国際展開を目的とした「業界関係者(プロフェッショナル)限定」のピッチ・試写イベントとして実施されます。

 具体的には、以下のような目的やプログラムで構成されています。
1. 主な目的(何のために行うのか)
 日本映画、および日本とアジア(東アジア・東南アジア)の共同製作映画を対象としています。

• 海外映画祭への出品決定:カンヌやヴェネチアなどの主要な海外映画祭のプログラマー(作品選定人)に直接見てもらい、完成後の映画祭招待につなげます。

• 海外配給や出資の獲得:セールスエージェント(海外販売会社)や映画配給会社、投資家と出会うことで、海外での上映・公開や、不足している制作資金の調達といったビジネスチャンスを創出します。

 2. 具体的な2つのプログラム
 第39回東京国際映画祭では、主に以下の2つのアプローチで実施されています。

① TIFF-WIP Pitch(作品プレゼンテーションイベント)
 選出された作品の監督やプロデューサーが登壇し、業界関係者の前で約10分間のフッテージ(制作中の映像の一部)を上映しながら、作品の魅力や企画の意図を直接プレゼンテーション(質疑応答含む)します。

② TIFF-WIP Screening(映画祭関係者向け試写)
 より深い選考や契約交渉につなげるため、映画祭が招へいした海外の主要映画祭プログラマーを対象に、制作途中のクローズドな試写(上映)を行います。

  近年、世界の国際映画祭では「世界初上映(ワールドプレミア)」の作品をいかに早く確保するかの競争が激しくなっています。  そのため、映画が「完成してから」売り込むのではなく、「完成する前(WIP)」の段階から海外の映画祭やバイヤーにアプローチしておくことが、日本映画が世界へ羽ばたくための非常に重要なステップ(プラットフォーム)となっています。