『はらむひとびと』監督参加の経緯
ーー作品『はらむひとびと』について伺います。小さな子どもがいる母親と、妊娠している女性、それぞれの葛藤が描かれていましたが、そもそも中嶋監督がこの作品をつくることになったきっかけを教えていただけますでしょうか。
本作は、相馬有紀実さんという俳優の方が企画を立て、主演・プロデュースもされています。相馬さんがもともと別の監督で立ち上げた企画で、その監督も僕の知り合いだったので、最初は応援したいという気持ちで見ていました。僕が監督を打診される前に行われたクラウドファンディングにも、実は僕は支援をしていたんです。
そのとき相馬さんは、クラウドファンディングの説明文などで、ご自身もちょうど子育てをされていること、仕事か子育てか、キャリアですごく悩んだことを書かれていました。大変ではあるけれど、自分は両方を選んだ。そんな自分だからこそつくれる映画があると思う、とおっしゃっていて、僕はそこにすごく共感しました。
僕にお声がけをいただいて、その時点の脚本を読ませていただきました。僕が受けるのであれば、自分でも加筆していいですか、という条件でお受けしました。そういうきっかけでスタートした作品です。

それぞれが自分の「正義」で生きている
ーー内容について伺います。2組の夫婦、4人それぞれの心の動きがかなり大きく描かれていました。他の作品だと、誰かひとりは変わらないままだったりしますが、この作品では4人とも大きく変わっていきます。演出的には、どのように考えていたのでしょうか。
誰かの視点から見たら「この人は悪に見える」という人物でも、その人自身は自分の正義で動いていると思うんです。客観的に見ると、登場人物たちは誰も悪いことをしようと思っているわけではなく、それぞれが自分の正義を信じて歩いている。ただ、その正義同士の間にハレーションが起きてしまう。
その中で、コミュニケーションによって「こうしていた方がよかったのかな」と気づき、少しずつ成長していく話だと思っています。
演出的に気をつけたのは、心境の変化です。例えば、この役はこのタイミングで心境が変化しているけれど、お芝居のアプローチはそれでいいのか、などと役者さんとかなり話しました。役者さんがつくってきてくださった芝居に対して、現場でさらに提案をさせていただくこともありました。かなりコミュニケーションを取りながらつくっていった印象です。
ーー役者さんもそれぞれつくり込んで現場に来られると思いますが、現場でも「こうしてほしい」と打ち合わせされたのですね。
時間があまりない現場でもあったので、すべてのポイントで話せたわけではありません。ただ、要所要所で「ここは押さえておきたい」というところは、かなりしっかり話しました。
ーーカメラ撮影も非常に印象的でした。見せるところは三脚でゆったりと見せ、動きがあるところは手持ちで撮ったり、カット割りも多くしたりして、引き込まれました。撮影監督の角洋介さんは頼りになる存在でしたか。現場ではどのようにコミュニケーションを取られていたのでしょうか。
角さんは、完全に精神的支柱のひとりでした。僕自身が角さんの監督作品のファンでもあるんです。角さんの作品やトーン、角さんが撮る景色は、こんなに美しくなるんだという感覚がありました。それに、友人として以前からお付き合いもありましたし、人としても本当にすごい方だと思っていました。
実際に現場に入ると、角さんが提示してくれるアングルに毎回ハッとさせられるんです。「さすがです」と思うこともあれば、僕が「もう少し、何かないですかね」と甘えるようにお願いしたときにも、「こういうのはどうですか」と提案してくださる。ご自身も監督をされている方だからこそできる提案がありました。
「痛み」は、自分のシグネチャーのようなもの
ーー脚本について伺います。本作は“人の痛み”が大きなテーマになっていると思います。『はらむひとびと』では、さまざまな人たちの痛みが描かれていますが、脚本でそこを伝えるために、どのようなところを意識されましたか。
僕は“痛み”にとても興味があります。それは、僕のシグネチャーのようなものにもなっているので、本作にも何かしらそういう要素を持たせられないかと考えました。子育てや妊娠、出産というテーマは、痛みと直接的につながっていると思います。特に今回こだわったのは、ラストの浅香航大さん演じるシーンです。
ネタバレになるので、あまり言えないのですが、浅香さん演じる俊介の中で父性が芽生えるための、ひとつの疑似的な出産をイメージしていました。そういう疑似的な出産を経験することで、彼は「こいつ大丈夫かよ」と思われるような人間から、大きく変わっていく。そこは僕らしさが出ている部分だと思います。
ーー観た方も、あのシーンが印象に残ったという方が多いと思います。冷静な役だった俊介が、急に必死になっていく場面ですよね。
そうですね。あのシーンは僕が加筆したもので、僕らしさという意味でも、あのシーンは大きかったと思います。

3週間ほぼ毎日トークショー。そして予告編は378万再生へ
ーー『はらむひとびと』は、中嶋監督にとって初の長編作品ですね。メイン館は新宿武蔵野館でした。私もその時期、新宿武蔵野館の方と話す機会があったのですが、毎日のようにトークショーを開催していると伺って驚きました。実際に毎日のようにトークショーをされていたのですか。
そうでしたね。特に相馬さんが本当にすごくて、自分の言葉で届けたいという気持ちが強かったんです。だったら、やれるだけやりましょうと。
ーーどれくらいの期間やられたのですか。
3週間くらいは、ほぼ毎日のようにやっていたと思います。4週目からは週2回くらいだった気がします。本当に相馬さんだからできたことだと思います。嫌な顔ひとつせず、ずっと続けてくださっていました。
ーーお客様も、ロングランということもあって多く入ったと思います。自主配給だったと思うのですが、宣伝はかなり大変だったのではないですか。
知り合いに声をかけることもしましたし、SNSでも宣伝しました。劇場さんに行って、チラシを配らせていただくこともしました。それから、本当に偶然なのですが、予告編がTikTokとInstagramでバズったんです。
ーー予告編がですか。
はい。TikTokでまず70万再生くらいまでいきました。ただ、その後に表示が止まってしまったんです。おそらく、子どもの虐待のような内容だとAIに判断されてしまったのかもしれません。実際にはそういう内容ではないのですが、TikTokは映っているものだけで判断される部分があるので、一度ストップしてしまいました。
それで、仕方ないからInstagramにも上げてみようとなったら、Instagramではもっと伸びました。僕のアカウントでは378万再生くらいまでいきました。
「もっと自分のメッセージを発したい」初監督作『HAPPY BIRTHDAY』
ーー今度は、GeneTheaterで配信している作品についても伺いたいと思います。まず『HAPPY BIRTHDAY』についてです。ネタバレになるので詳しくは触れませんが、ある“特別な日”を描いた作品です。これは監督としての1作目の作品ということでよろしいでしょうか。
そうですね。学生時代につくった作品もありましたが、大人になってから、ちゃんと「これは作品だ」と言える1作目は『HAPPY BIRTHDAY』です。
ーー初監督作品となると、いろいろ考えることもあったと思います。どういう思いでこの映画をつくられたのでしょうか。
僕は公言していますが、バイセクシャルなんです。どこか、なんとも言えない後ろめたさのようなものがありました。今は、わりとオープンに言える時代になってきていると思います。LGBTQという言葉も広がっています。ただ、子どもの頃は、自分は変なんじゃないかという思いがすごくありました。僕の場合は少し説明が難しいのですが、どちらかというとゲイ寄りでもあります。そういった自分の中にあるものを、何かしら作品として表現したいと思っていた時期でした。
2015年の作品ですが、当時は会社員として広告を制作していました。クライアントのメッセージを代弁する仕事ももちろん大事ですが、もっと自分のメッセージを発したい、自分に近しい話をしたいと思って、企画した作品です。
ーー2015年当時だと、現在ほどLGBTQを扱った作品は多くなかったように思います。
そうですね。ただ、その頃は僕自身、インディーズ映画をそこまでたくさん見ていたわけではないのですが、体感としては今ほど多くはなかったように思います。
ーー『HAPPY BIRTHDAY』は、暗い部屋で撮影されていて、非常にシネマティックな映像の質感がありました。あの質感やシネマティックな雰囲気には、かなりこだわられたのでしょうか。
デジタルで撮影していますが、お仕事でご一緒した、すごく素敵な画を撮ってくださるカメラマンの柏崎佑介さんにお願いしました。場所自体は、殺風景というか、普通に撮ったら美しく見えない部屋です。ただ、その柏崎さんのフィルターが、あの画を実現してくれたのだと思います。撮り方や光のつくり方が本当に見事でした。
短編映画紹介
『HAPPY BIRTHDAY』(GeneTheaterで配信中)視聴はこちらから

ストーリー
ある日、自然光の差し込む静かな部屋の情景。そこには自ら髪を切り、洋服や化粧品をゴミ袋に捨てている一人の女性の姿があった。
「今日は人生最後の日」そう心の中で唱える彼女のとある決意とは。
「終わり?」−−それとも「始まり?」
その特別な一日の意味を知った時、あなたはどんな感情に包まれますか?
思わず息を潜めて見てしまう、繊細で密やかな5分間の物語。
故郷を残すための映画
ーー『うなぞこのいえ』も配信中です。こちらも深いテーマを持った作品ですが、まずタイトルが非常に印象的です。なぜ『うなぞこのいえ』というタイトルにしたのでしょうか。
『うなぞこのいえ』は、「海底の家」という意味です。この作品は僕の地元で撮っています。しかも、かなり実家で撮っています。実家の裏に、作中にも出てくる波打ち際のような場所があるんです。僕はその波打ち際をずっと見て育ってきたので、それが普通だと思っていました。あるとき父に、「この波打ち際は何年前からあるの?」と聞いたことがありました。そうしたら、「数百万年前からあるんじゃないか。昔はあそこまで海だったから、波が打ちつけてこうなったんだ」と言われたんです。
それを聞いたとき、「すごいロマンだな」と思いました。そこにはきっと、昔は海底の生物もいたはずなんです。僕らと同じ場所に、かつては海の生き物がいた。海が少しずつ下がって、その魚たちはいなくなり、何百年も経ってから人間が来て、僕らのように住み始めた。
ただ、そこは限界集落なんです。泊村という場所なのですが、実家に帰るたびに家が減っていたり、おじいちゃん、おばあちゃんだけになっていたりする。考えたくはないけれど、いずれなくなる可能性もある場所だと思います。
かつて海の生物がいなくなったように、過疎化によって泊村そのものもなくなってしまうかもしれない。でも、そこに確かに自分たちはいた。魚たちがいたように、僕たちもいたよな、という気持ちがありました。忘れないでおきたい、記録として残しておきたいという気持ちから、あの映画をつくりました。
短編映画紹介
『うなぞこのいえ』(GeneTheaterで配信中)視聴はこちらから

ストーリー
かつて海の底にあった、現在は過疎化が進む限界集落・泊村。ユウイチは父の死をきっかけに、誰も住まなくなった実家を、探し物をするために訪れる。その隣には、最後まで父に紹介できなかった婚約者・タケオの姿があった。父の望む通りの人生を歩めなかったことに、罪悪感と投げやりな気持ちを抱えていたユウイチは、引き出しの中に、探していた父の遺書を見つけるのだった。
カンヌへの挑戦
ーー家そのものが、かつて海の底にあった場所に建っているという意味もあるのですね。ロケ地としても非常に面白い場所でした。『うなぞこのいえ』は第75回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナーでも上映されました。中嶋監督はカンヌへの思いがかなり強いと伺っています。
本当にそうです。僕は北野武監督の映画が大好きなんです。北野監督といえば、やはりカンヌというイメージがあるじゃないですか。僕に国際映画祭の存在を教えてくれたのは、北野監督でした。
ずっと、北野監督が歩いたレッドカーペットを自分も歩いてみたいという気持ちがありました。でも、カンヌなんて一生行けないだろうなとも思っていたんです。
そのときに、ショートフィルムならいけるんじゃないかと気づきました。そこで目指したのが、カンヌの短編コンペティション部門でした。過去の入選作品がネット上で見られるものもあったので、見られるものは全部見て、傾向を分析しました。「こういう傾向ならいけるかもしれない」と思ってつくったんです。結果として、本選には落ちたのですが、ショートフィルムコーナーというマーケット部門に入ることができて、上映もできることになりました。それでカンヌに行ってきました。

ーー2022年ですから、コロナ禍の影響もまだありましたよね。
そうですね。日本とフランスの間の制限はある程度落ち着いていましたが、日本側はまだ厳しかったので、行きも帰りも検査がありました。
ただ、カンヌは本当に街全体で映画祭をやっている感じでした。町じゅうがお祭りで、映画作家たちがスターのように扱われている。映画をつくる人たちが、こんなに大事にされる場所なんだと感じました。
ーー今は短編にしても長編にしても、日本人がカンヌやアカデミー賞を普通に狙える時代になってきたように思います。ポン・ジュノ監督がアカデミー賞を取ることも、昔は誰も予想しなかったでしょうし。
そうですね。そういう意味では、世界の見方が変わってきていると思います。日本の若手も、どんどんチャレンジしていくべきだと思います。
北野武『BROTHER』から始まった映画人生
ーーキャリアについても伺います。中嶋監督が映像に興味を持ったきっかけを教えてください。
北野武監督の『BROTHER』です。もともと、金曜ロードショーなどで映画を見るのは好きでした。アクション映画などを面白がって見ていましたが、別に映画好きというわけではなく、映画ってそういうものだと思っていたんです。
高校生の頃に、誰かが北野監督の『BROTHER』のビデオを貸してくれました。それを見て、「何これ?」と思ったんです。すごく静かなのに、こんなに心を打たれる映画があるんだと衝撃を受けました。
ーーそこから映像を本格的に学ばれたのは、大学時代でしょうか。
大学では映像とまったく違う学科にいました。プロダクトデザイン学科という、ものづくりの学科です。でも、映像の授業も履修できたので、学校からカメラを借りて撮っていたら、気づいたら映画を撮って卒業することになっていました。
ただ、本格的に学んだのは大学院ですね。大学院は東京造形大学で、諏訪敦彦監督がいらっしゃったので、そこではしっかりと映像を学びました。
CMディレクターとしての経験と、好きな映画監督
ーー大学、大学院で映像の理論や基礎を学ばれたわけですね。その後、株式会社博報堂プロダクツに入られてCMをつくられました。CMのディレクションは、映画制作にも活かされていますか。
関係なくはないです。CMといってもかなり幅があります。例えば、商品をおいしそうに飲む15秒のCMでは、この角度でラベルが見えるように、こういうふうに飲んでください、もう少し笑顔で、というように撮っていくイメージです。
一方で、僕が得意だったのは、少しドラマっぽいCMでした。それを映画っぽく作らせてもらう仕事もあって、そういうものが得意だと気づいてからは、そちら方面の仕事が多くなっていきました。その意味では、映画の延長線上にあったと思います。
ーー好きな監督や好きな映画についても伺いたいです。
北野監督も大好きなのですが、一番は、なんだかんだ言ってアンドレイ・タルコフスキー監督かもしれません。
ーータルコフスキーですか。難解なイメージもあります。
わからないですよね。でも、『ノスタルジア』などは、ずっと見ていられるんです。北野監督の映画にも、同じ時間が流れている気がしています。北野監督で衝撃を受けて、さらに奥に行くとタルコフスキーがあるような感覚です。空気感のようなものが、少しつながっている気がします。
あとは熊井啓監督です。特に、熊井監督の作品で忘れられないものがあります。辛いものを抱えた人たちを描いた、少し悲しい映画なのですが、それが頭から離れないんです。
熊井監督は、いわゆる弱者の味方というか、そういった人々の痛みをうまく描かれる監督だと思います。北野監督やタルコフスキー監督より後に知った方ではありますが、離れない存在のひとりです。

インディーズ映画の新しい可能性
ーーインディーズ映画についても伺います。私もこの業界に携わっていて、インディーズ映画はなかなか収益化が難しく、スポンサーも簡単につくわけではないと感じています。それでも監督の皆さんがつくり続けているのはすごいことだと思います。中嶋監督にとって、つくり続けるモチベーションはどこにありますか。
僕の場合は、純粋に伝えたいメッセージがとめどなく出てくるからだと思います。基本的に、僕の作品にはメッセージがあります。ただ、かっこいいものを作るだけだったら、多分僕はもうやめている気がします。
ーーインディーズ映画は、今後どうなっていくと思われますか。
今思っていることなので、明日には変わるかもしれませんが、最近チャレンジしたことがあります。僕は演技ワークショップの講師もやっているのですが、その一環で、ワークショップを受けてくれた方たちと縦型ショートフィルムを撮りましょう、という企画がありました。そのときにSFをやってみたんです。お金は全然ないので、スタジオを借りてiPhoneで撮るだけです。そこで少しSF設定にしてみました。一部にAIを使って、撮影した動画素材の上にAIで指示を乗せて、未来のビジュアルを描いたんです。予算がない中でも、「ここまで行ければいいよね」というレベルまでは到達できました。それがひとつの成功体験になりました。
インディーズ映画は、どうしても持ち出しだったりするので、やれることに限界があります。でも、AIをうまく使えば、みんなが思っているよりもリッチな短編映画やインディーズ映画がつくれるのではないかと思えました。
ーー実写にAIを重ねるということですか。
そうです。すさまじいですよね。本当に、そんなことができるんだと思いました。内容としては、ぱっとしない息子が、すごく美しい女性と付き合っていると言って両親に紹介するところから始まります。ところが、その女性はいったい何者なんだ、という感じで、徐々に男たちが操られていく。最後には、お母さんも「私の息子に何をしたんだ」というような状況になるのですが、実はそのお母さんは未来の銀河連邦警察だった、というオチです。現代ではなく、25世紀のような設定ですね。
未来の描写や、未来のパトカーを飛ばす映像などをAIでつくりました。近所の写真を撮ってきて、「この近所を未来の街にしてください」「未来のパトカーを飛ばしてください」と指示したんです。撮影はiPhoneで、AIはRunwayという動画に特化したアプリケーションを使いました。
プロンプトで、「彼女は宇宙人です」「彼女を25世紀の警察が捕まえています」「手錠をかけてください」といった指示を書いていく感じです。
ーー演技は事前に役者さんがやっていて、そこにAIを乗せたということですね。
はい。生成AIはゼロから生み出すこともできますが、僕はやはり役者さんの芝居を大切に考えているんです。だから、その人たちの芝居ありきでやりたい。AIは上乗せしていきたいという感覚です。上乗せする形であれば、役者さんの芝居もちゃんと見られる。インディーズ映画は、そういう形でも続いていくのではないかと思っています。
この映画監督の作品
井村哲郎
以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。
自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。