怖いけれどホラーではない。スタイリッシュな『void』

――村口監督作品は、7作品(『void』『サウンド・リザバー』『木星日常』『Ball Girl』『ラブレター・オン・ザ・ハム』『世界の終わりとアダムとイヴ』『曇り空愛好家』、2025年4月時点)配信させていただいています。
まず『void』についてお話を伺います。会話劇で、人物たちの会話の「間」が非常に特徴的ですが、どのような演出の意図がありましたか。

秋田ようこさんに演じていただいた女性役のキャラクターは、僕の中で確固としたイメージがありました。どこか不思議な、映画を観る人にも何か違和感を与えるような「間」を作りたいと考えており、リハーサルのときから演出しました。他の作品は、俳優さんが心地よい「間」でお願いしますとお伝えしているので、『void』が特殊な例だったと思います。

――あえて違和感を与える「間」にしたのですね。

ミステリアスなキャラクターだったので、それを演出する一つの方法として、会話の「間」をわざとずらして男性役の会話の「間」とは合わないようにしましたね。

――また、その会話内容が暗く怖い雰囲気であるものの、部屋の内装や俳優さんの服装が明るい白系で、その対比も気になりました。ここには狙いはあるのでしょうか。

確かに内容的には怖いですがホラーテイストにするつもりはなく、あくまでも彼女にとってはそれが普通の世界で、世界観は秋田さんをイメージした部分もありますがどこか爽やかな感じで。スタイリッシュかつ無機質な感じを考えていました。

――無機質感を出すための白、ということですね。

グレーディングもそれほど暗くはせず、あえてぼんやりとしたパステルカラーテイストなものにしようとは最初から思っていました。

――カット割りも多彩で、引きからアップ、ちょっと角度を変えたりなどさまざまなカットで構成されたと思うんですが、こちらはどのような意図がありましたか。

撮影担当者のアイディアでもありますが、会話劇ではどうしてもカットバック(自分側からと相手側を交互に切り替える)が多くなってしまうため、観る人を飽きさせないようにと考えた結果です。引きを多めにしたり、グラスに水を入れるシーンだけを使ったりなど、工夫しましたね。

――なるほど。短編映画はワンシチュエーションが多いですが、『void』はその中でもワンシチュエーションでトップクラスだと思っています。他にも意識したポイントはありますか?

ありがとうございます。一番重要なポイントは会話の「間」のずらしですが、あとは、リアルな会話よりもどこか小説の文章を読むようなセリフを意識したかもしれないです。

短編映画紹介

 『void』(ジーンシアターで独占配信中)視聴はこちらから

ストーリー

「このままだと俺はいつか彼女を殺してしまうかもしれない」半年間いっしょに暮らした恋人・ケンジは部屋を出ていき、友人にそう言ったという。
無機質な部屋にひとり残された彼女は、鍵を返しにきたケンジの友人に対してぽつぽつと想いを語りだす。
感情をあらわにしない、ミステリアスで “void(空っぽ)”な彼女は、最後に胸の内を明かすが……。

『サウンド・リザバー』という病名、実は……

――続いて『サウンド・リザバー』についてお話を伺います。2019年の作品で、サウンド・リザバーという病気が「耳から入った音が一度貯水池のような場所に入り、意識に届くまである一定時間かかる症状」とのことであまり知られていないと思うんですが、村口監督はもともとこの病気について知っていたのでしょうか?

これは僕が創作した病気なのです。存在しない病気です(笑)

――失礼しました、存在しない病気なんですね!そういうストーリーをつくられたのですね。

サウンド・リザバーのアイディアは、20代の頃に書いた短い小説にあります。例えば、平和な時代にその1年後に戦争があったとして、その戦争期間中でも、ある人が聞いているのは1年前の平和な時代の頃の音だとしたらどういう物語が生まれるんだろう、という発想から考えたんです。

――主演された環菜美さんも、保険プランナー役の菊地美帆さんも自然で素晴らしい演技をされていますが、演出の意図を俳優さんたちが理解するのが大変だったのでは?

『サウンド・リザバー』は監督を始めて2作品目で、まだ演出に関しては試行錯誤をしていたので、俳優さんと一緒に考え、お任せしながらでした。今演出するならまた違った感じになるかもしれません。

環菜美さんは、僕の最初のその前の作品に出ていただいて、すごく雰囲気のある俳優さんだなと思ったので、次は環さんメインでつくりたいと考えたのが『サウンド・リザバー』です。だから彼女に当て書きした部分もありますね。

短編映画紹介

 『サウンド・リザバー』(ジーンシアターで独占配信中)視聴はこちらから

ストーリー

ラジオを聴きながら、部屋でクッキーを焼くカワオトモナ。そこへ保険プランナーの栗田が訪れる。2人の会話はどこかちぐはぐで、栗田は漠然とした違和感を覚えながらも、モナとの会話を続ける。そんな栗田の様子にモナは自分がある耳の障害を抱えていることを打ち明ける。
「サウンド・リザバー」。耳から入った音が、意識に届くまである一定時間かかってしまうという病である。自分との会話に栗田がストレスを感じないか心配するモナに栗田は…?
そしてモナが語る、ある短くて切ないエピソードとは。お互いに相手を思いやる優しい世界と少しだけ不思議な余韻を味わうことが出来る作品。

――イメージにぴったりでしたね。村口監督は、俳優さんへの演技指導では俳優さんにお任せするタイプか、それともきっちり指導するタイプか、どちらでしょうか。

僕はお任せタイプですね。脚本の解釈が間違っていたら指摘しますが、合っている場合は、その合っている場合の中でも演技の幅があると思うので、俳優さんがやりやすい演技であれば僕としてはそれも面白いと思うのでお任せしています。

――監督するにあたって、撮影前には企画の立案・脚本づくり・ロケ準備などがありますが、どれも重要ではありますが村口監督はどこに時間をかけておられますか。

一番時間をかけているのはロケ準備ですね。現場であたふたするのが僕は苦手で、時間が押したりロケ場所と交渉ができなかったりするとスタッフにもキャストにも迷惑がかかるので、実は事務的な準備に力を入れています。撮影は何事もなくスムーズにできるように、を心掛けていますね。時間も余裕を持って取っていますし。

――俳優さんとは読み合わせやリハーサルはしていますか。

ほぼ1日ですね。短編の場合は2、3時間で終わります。

――村口監督の脚本は「こんなアイディアがあるんだ」「この設定は面白い」などストーリーの発想が素晴らしいなといつも驚かされるのですが、どのようにつくられているのでしょうか。

物語作りは、高校時代から20代にかけて、ずっと小説だけを読んでいたところからです。村上春樹から入り、村上春樹が読んでいたアメリカ文学やイギリス文学を多く読みあさっていた時期があって。海外文学の、物語を生み出す発想には今でも影響を受けていますね。

――海外文学はどんな本を読まれましたか。

僕が好きなのは、レイモンド・チャンドラーですね。あとアメリカ人作家のポール・オースターの小説も好きです。映画にもなった『Smoke』(監督:ウェイン・ワン)や、『ホテル・ニューハンプシャー』のジョン・アーヴィングとか。

アメリカの小説って、悲しい話でもどこかからっとしていて、悲しい終わり方でもそんなに悲しくはならないんですよね。どこか明るい感じで不幸に見せないような演出をしていて、そういった部分は今も影響を受けていると思います。

――セリフは、撮影現場で臨機応変に変えることもありますか?

それはありますね。リハーサルのときに俳優さんが言いやすいセリフへ変えることもありますし、撮影段階でもセリフがちょっと不自然だなと思ったらその場で書いたりすることもあります。僕の脚本ではセリフが小説寄りになるときがあるので、そこは俳優さんの「日常使いのセリフにしてほしい」というリクエストに対応するときもあれば、このセリフだけは不自然かもしれないけれどシナリオ通りに言って、と伝える場合もありますね。

監督業のきっかけはシナリオ大賞

――村口監督のキャリアについて伺います。監督と脚本に携わるようになったのはいつ頃からですか。

2018年からですね。その前は会社員であり、シナリオは30代から書いていて、シナリオコンクールに応募していました。2017年に『あるいは、とても小さな戦争の音』のシナリオが伊参スタジオ映画祭のシナリオ大賞でグランプリをいただいたんですよ。映画祭の慣例として、グランプリ受賞の脚本家が映画をつくる、というのがあったんです。それまでは監督をする気は全くなかったのですが、それをきっかけで監督をすることになり、そこから監督を今も続けています。

――なるほど、もともとは監督というよりは脚本家なのですね。

物語をつくることが好きだったので、物語をつくりさえすれば脚本家でも小説家でもいいかなと。まさか監督をするようになるとは思っていなかったです。

――監督業では、撮影や編集、演出が大変ですよね。どこかで学ばれたのでしょうか。

最初の作品は何も知らない状態でした。撮影をしている人に知り合いがいたのでまずはその人に依頼して、照明さんや助監督など他のスタッフを全部用意してもらいました。最初の作品を撮り終わって、学んでいればもう少しいろいろできたのではないかと思い、改めて映像学校に行ったんです。2019年にENBUゼミナールに1年通いました。ENBUゼミナールで出会った人たちとは今でも一緒に映画をつくるなどお付き合いがあるので、大切な場所になりましたね。

――『あるいは、とても小さな戦争の音』はいきなりショートショートフィルムフェスティバル&アジアにノミネートされましたが、こちらは大きな自信になられましたか。

自信にはなりましたが、つくった後「あれ?」と思ったのです。最初の頃は、脚本を書き、脚本通りつくれば映画になると思っていたのですが、「あれ?」って。それは未だに思っています。そこから、映画とは何だろうという問いが僕の中にあり、それを見つけるためにずっと映画をつくり続けている気がします。

――まだ見つけられてない、ということでしょうか。

以前と比べたら何となくイメージは持てていると思うんですが。僕は「映画をつくりたい」と思って映画づくりを始めた人とはちょっと違うんですよね。「映画って何だろう」という問いがあって、それを探しながら映画づくりをしています。

――さまざまな映画祭で受賞されていますが、印象に残った映画祭はありますか?

ショートショートフィルムフェスティバル&アジアは単純に嬉しかったですね。日本ではかなり大きな規模の短編映画祭だと思うので、あんな豪華な場所で、これは下手したら天狗になるなと思いながら、いやいやまだまだだよって自分に言い聞かせながら参加しました。

思い出に残っているのは函館港イルミナシオン映画祭ですね。もう函館自体がすごい映画のセットみたいな場所ですし、パーティに永瀬正敏さんなどテレビや映画で見ていた人が当たり前のようにいる、という世界が不思議でした。

――脚本だけ携わった作品と、脚本と監督両方携わった作品がありますね。村口監督の中で、これは脚本だけ、これは脚本と監督、などとどのように判断されているのでしょうか。

監督をすると予算が出てくるので、自分でお金を払える範囲の世界がどうかですね。脚本だけであればもっと自由に書けるので、そこはやっぱり違いはありますね。

――『木星日常』(監督:宮原拓也)は、監督をされなかった理由はありますか。

『木星日常』については、一度他の人に監督を任せて少し離れたところから映画制作をやりたいと思い、それで別の人にお願いしました。

短編映画紹介

 『木星日常』(ジーンシアターで配信中)視聴はこちらから

ストーリー

ラジオを聴きながら、部屋でクッキーを焼くカワオトモナ。そこへ保険プランナーの栗田が訪れる。2人の会話はどこかちぐはぐで、栗田は漠然とした違和感を覚えながらも、モナとの会話を続ける。そんな栗田の様子にモナは自分がある耳の障害を抱えていることを打ち明ける。
「サウンド・リザバー」。耳から入った音が、意識に届くまである一定時間かかってしまうという病である。自分との会話に栗田がストレスを感じないか心配するモナに栗田は…?
そしてモナが語る、ある短くて切ないエピソードとは。お互いに相手を思いやる優しい世界と少しだけ不思議な余韻を味わうことが出来る作品。

――現在は、長編映画と短編のオムニバスを制作中ですね。 

長編映画の『HOLD UP MORNING』はもう完成して、NAGOYA NEW クリエイター映像AWARDやTAMA NEW WAVE のある視点部門などの映画祭ですでに上映もされていますが、まだしばらくは映画祭に応募しながら2025年か2026年の初めくらいの劇場公開を目指しているところです。

短編オムニバスの『静かな隕石のような物語たち(仮)』は、昔でいえば『コーヒー&シガレッツ』(監督:ジム・ジャームッシュ)のような雰囲気を目指していて、5分のワンシチュエーションの会話劇として、現在は12本中 8本の制作が完了しておりますが、いつか劇場で公開できたらと思っています。ビートルズのアルバムで『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』というのがありますが、各曲を全体で聴いたときに一つの世界観がある、といったような。

短編映画は、起承転結が全部入っていなくても、ある一場面を抜き取ったつくりでもいいと思うんです。でもそれだけだと映画祭などではノミネートされないので、そういった物語を12個集めて、一つの塊にしたときにある世界観が生まれるようにしています。

――好きな監督や作品はありますか?

僕の中でお手本にしているのはウェイン・ワン監督ですね。あとは北野武監督とか。ウェイン・ワン監督は本当に会話シーンの見せ方がうまいと思います。

先日、久しぶりに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(監督:ロバート・ゼメキス)を観ましたが、あれはやっぱりすごい映画だなあと思いますね。

小説的映画を生み出す、エンジニア監督

――村口監督は本業はエンジニアなんですね。

もともとは社内の会社内システム開発を担当していました。

脚本も、プログラミングと似ていると思うんです。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なんかは完璧なプログラミングだと思っています。人からは「全然違う仕事をしているね」と言われますが、全然そう思ってなくて、システムエンジニアも脚本づくりも似ているところはすごくあるなと思っています。

――私はGeneTheaterを通じて短編映画の市場を盛り上げることに取り組んでいます。その理由としては、インディーズの監督が長編映画を撮る前に短編映画を撮るケースが多く、短編映画が活性化していかないと次のステップに行きづらくなり、チャレンジする人がどんどん少なくなってしまうと危惧しているからです。また、長編の商業映画と違って結末が予測できないところも、インディーズの短編映画の面白さだと感じています。村口監督は、インディーズの短編映画の未来をどのようにとらえていますか?

僕も20代の頃からインディーズ映画を観てきましたが、その頃と比べたらかなり内容が変わってきたなと思いますね。昔はもっとむき出しで、メッセージ性は強いですがクオリティはまちまちでした。インディーズのクオリティはここ10年ですごく上がってきたなって思いますね。機材の進化もあると思います。表現の仕方についてはすごく迷いますね。インディーズらしい表現もあれば短編の中でもちゃんとした映画も出てきているので、インディーズとは何だろう、とよく考えますね。

――そうですよね、一般的なイメージではインディーズはわかりづらいとか、メッセージが偏っているといった印象がありましたが、今はエンタメ的な要素が多く、楽しませてくれる作品もたくさんありますね。

昔のインディーズは、インディーズだけの世界になっていましたが、今はいろいろ混ざってきましたね。今は中間あたりを漂っているのかもしれませんね。商業映画のわかりやすさと、インディーズのメッセージ性とがうまく混ざりあって、いい感じになればいいですね。

――最後に、今後どんな活動をしていきたいかお聞かせください。

今までは一通りの経験をしたかったのでひたすら映画を撮り続けていましたが、そろそろ自分が本当に撮るべきものを考え、シナリオづくりにもっと時間をかけて、本当に撮りたいシナリオができてから映画づくりをしたいと考えています。今までは年に2~3本の速いペースで撮っていましたが、これからもう少しじっくりと考えながら、映画を撮る段階にきた、というのはあります。

Profile
村口知巳
香川県出身。 2017年、伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞の短編の部にて「あるいは、とても小さな戦争の音」が大賞を受賞。 受賞作を自らが初監督し、映画制作をはじめる。同作が翌年のショートショートフィルムフェスティバルにノミネートされるなど、その後も精力的に映画制作を続け、ゆうばり国際ファンタスティック映画際ノミネート(『美しいロジック』)、杉並ヒーロー映画祭グランプリ(『ナナサン』)、45回アジアン・アメリカン国際映画祭ノミネート(『リインシデンス』)、札幌国際短編映画祭ノミネート(『あたらしい世界』)など国内外の主要な映画祭で評価を得ている。 また脚本・プロデューサーとしても『木星日常』(宮原拓也監督)、『宝の庭』(渡邉高章監督)など新進気鋭の監督とタッグを組み、新しい価値観を創造する短編映画の制作を行なっている。

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この映画監督の作品

インタビュアー
井村哲郎

以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。

自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。