「方言を撮ることは、街を撮ることだった」——福井の“音”と“時間”をめぐって
北陸新幹線の福井延伸を契機に立ち上がった「福井の方言愛着ましましプロジェクト」。そこから派生した映像企画として誕生したのが、福井県内の複数地域を舞台にしたオムニバス映画『時のおと』だ。4つの物語を通じて描かれるのは、観光的な“ご当地紹介”ではなく、その土地に積もる時間と、人が奏でる声や生活音としての方言である。
ーー『時のおと』は福井県を舞台に、4つのストーリーで構成されています。それぞれ福井の息づかいを感じさせる作品だと感じました。制作のきっかけから教えてください。
福井に北陸新幹線が延伸することになり、「これをきっかけに福井の方言を広めたい」との意向が福井県にありました。
そこで「福井の方言愛着ましましプロジェクト」が立ち上がり、方言の辞書を作るなどいろいろな動きがある中で、「福井県“おもてなし担当”知事」に福井県出身の俳優の津田寛治さんが任命されたんです。
――津田寛治さんは映画愛が強い方ですよね。
そうなんですよ。そのプロジェクトの中で映画制作もするということが決まり、津田さんから「福井出身の映画監督で片山享という人がいる」と紹介いただきまして監督をすることになりました。
「方言って音階だな」と思いました
ーー「方言を広める」という目的自体、難しいですよね。映画でどう活かそうと考えたのでしょう。
「映画で方言を広めてほしい」と提案がありましたが、「映画を使って方言を広めることは僕には難しいかもしれません」と話したんです。広めることを考えたらもう少し別の方法があるかもしれないと。でも県としては是非映画を撮りたいという意思もとても強く、それ自体僕にとってもとてもとても嬉しいことでもあり、自分なりに考えて複数企画書を提出しました。その中の1つが『時のおと』です。
ーー方言を映画に取り込むことを企画に入れたのですか?
福井県の方言は北部から南部までさまざまな方言があります。隣の町でも微妙に違うんですよ。
福井県から「4つか5つぐらいの町を使って制作してほしい」といわれていたこともあり、「どう表現したらいいんだろう」と考えた時に、「方言って“音階”なんだな」と思ったんです。音符があって音階があるように、町を完成させる最終的なアイデンティティは方言なんじゃないか、と考えました。
ーー方言=「おと」、と捉えたのですね。
そうです。例えば人の声も「おと」だし、風のせせらぎも「おと」、動物の鳴き声も「おと」。その中に方言が入ってきて「おと」が完成する。だから、方言も音の一つと考えました。
方言を撮るということは、結局街の息吹を撮ることですよね。
“今の街”は、積み重なった時間の上にある
ーータイトルを『時のおと』にした理由を教えてください。
たまたま今見ている街はこうですけれど、何年、何十年という時間があって今がある。
そう考えた時に、かつて奏でられてきた「おと」を表現しないと、今の街は表現できないんじゃないかと思いました。だから「時間を表現しなきゃいけない」。それでタイトルが『時のおと』なんです。
ーーここから各エピソードについて伺います。第1話の福井市の女子高生3人組のストーリーは、「おと」としてはどんな要素を入れたのですか?
4部構成の中でまず大事にしたのは、「見ている人の記憶をくすぐりたい」ということでした。街の時間の映画だから、観客の記憶を一気に昔に戻す必要があると思った。福井市の高校生の話は、僕の中では“ノスタルジー部門”。誰しも経験してきた高校時代のワンシーン、という感じです。
良い思い出も悪い思い出もある。嫌だったなと思う人もいれば、良かったなと思う人もいる。でもとにかく、記憶をくすぐりたい。その記憶自体が「かつて奏でられてきた音」になる。映画の中の音と観客の記憶がリンクしてほしかった。ひと言で言うなら「ノスタルジーな音」を表現したかったんです。

ーー第2話の三味線のエピソードについてはいかがでしょうか?
小浜市は昔の街並みがそのまま残っていて、数百年前の空気感もあります。
あの話は、歴史的にも少し前の音を扱う感覚です。街は変わっていくし、人がいなくなったりもする。昔から続いてきた仕事の家に生まれて、でも今の中で「自分は何をすればいいんだろう」と考えた時に、昔この町で鳴っていた「おと」を再現しようとすることを意識しました。

ーー第3話は、漁師と「おと」のつながりに意外性がありました。
漁師を選んだ理由は、漁師という生活は、人が住み始めてからずっと魚を獲り続けているはずで、何万年とかの単位になると思います。現在我々の「お金を稼ぐ仕事」という概念は1000年から1500年くらいの間だと思うんですよ。
もちろん今の定置網や船の「おと」が1万年前と同じはずはないですね。でも「1万年前からの積み重ねの上に今の音がある」と考えると、すごく愛おしいと感じました。

ーーそして第4話。祭りの音、畑の風、さまざまな要素が入っていますが、最終話のテーマは何でしょうか?
1、2、3話までは「かつて奏でられてきたであろう『おと』」をテーマにしています。最終話では少し未来に向かう“継承”の概念を入れたかった。時間を描くなら継承はどこかで絶対入れたいと思っていました。
ここまで「かつて奏でられてきたであろう『おと』」をどう締めくくるかと考えた時に、「これから奏でられていくであろう『おと』」を聴いて終わりたいと思いました。
未来に向かうテーマとして恋愛を考えました。人間が種を保存して続いていくことを考えると、恋愛は外せない。
そして、登場人物を「その街に住んでいる人だけで」で構成するのが嫌だったんです。街って、いろんな人が入ってきて、いろんな人が出ていって、住み続ける人がいて、そうやって姿を変えていく。方言が地域ごとに違うのも、誰かが入ってきたり、言葉が伝承される間に変わったりして、つまり“混ざる”からだと思うんです。
違う音を奏でてきた人が、違う音を奏でてきた人とぶつかった時に混ざる。長崎から移住してきた男性の言葉が、福井県勝山市の女性の言葉と混ざることで新しい「おと」が生まれる、というイメージです。
男性が女性に「そいぎんね」って方言を投げかけるシーンがあるんですけど、あれは長崎の言葉で「じゃあね」という意味です。自分の好きな人に自分の言葉をしゃべってほしい、共有したい——でもその姿が一番ダサく見える、というのも含めてやりたかった。

4つのストーリー それぞれのこだわり
ーー第1話は3人の気持ちがよく伝わる一方で、セリフでの説明はほとんどないですね。観客に想像させる設計を意識したのでしょうか。
人は普段生きていてどれぐらい人に説明しているか、どれぐらい説明せずに受け取ってもらっているかを考えると、実はあまりしていないのではないかと思うんですね。セリフを書くこと自体は簡単なんですけど、「この人は本当にそこまでしゃべるか?」と考えると、しゃべらないだろうなって思います。
ーー第2話では小浜の古い街並みが印象的でした。風景を残したいという思いがあったのでしょうか?
小浜市は街並みがとても素敵なんです。古風な街並みの中でも現在は1軒しか残っていないお茶屋さんを、メインの舞台にしたいと思いました。
あとは、実際にスタッフと一緒に歩いて、小浜市で暮らしている方の生活ルートの感覚を感じながらロケ地を選びました。
ーー第3話の漁師のエピソードでは、主役をあえて役者さんにしなかった理由を教えてください。
最初は役者さんにやってもらおうと思ったんですけど、漁師を演じてもらうのは無理だな、と思いました。日に焼けた肌の色も違うし、毎日漁に出ている人の雰囲気を役者が醸し出すには、何カ月も漁師町に通って実際に漁に出てもらわないと難しい。
それなら全員、漁港の町の人で撮った方がいいんじゃないかと思ってお願いしました。第3話は、実は役者さんは一人も出ていないです。
ーー役者ではない方に、自然な演技をしてもらう演出は難しいと思うのですが、どう組み立てるのでしょうか?
まず前提として『時のおと』は全編通して9割8分ぐらい台本通りなんですよ。だから、みんな台本通り演じています。この作品を観た人からドキュメンタリーみたいと言われるんですけど、自分はドキュメンタリーっぽく撮っているつもりはないんです。
そもそも、みんな生きているだけで芝居していますよね。相手によって態度も話し方も変わる。そういう“判断してアウトプットしている”ことを、意識的にやるのが役者だと思っていて。芝居ができる・できないの差って、そこだけなんですよ。

ーー第4話に出演する柳谷一成さんが、撮影の1カ月前から福井に住んだと伺いました。すごいことですね。
柳谷さんは漁師の話の後半の現場にも、お手伝いという形で来てくれて。福井に馴染んでもらうために、現場を見に来てもらっていたんです。
そうしたら柳谷さんの方から「撮影前にこの街で生活してみたい」という提案があり、僕も同じことを考えていたので、お願いしました。
実際に水菜農家での修業もして、ロケ地の焼き鳥屋さんでも実際にバイトしてもらい、1カ月を過ごしてもらいました。
柳谷さんがすごいなと思ったのは、彼が「映画を撮るためにコミュニケーションを取ってた」わけじゃなかったこと。いい映画のために仲良くしようと思うと、どこかにワンクッションできる。でも彼は、人として街に入っていった。迷惑をかけないように、でも仲良くしてもらえませんか、って。あれは本当に、誰でもできることじゃないと思うんです。彼でしかできないことを1カ月でやってくれた、という感謝しかないです。
片山監督が感じる福井県とは
ーー改めて、片山監督が思う福井県はどんな街でしょうか。
地場産業がとても多いんです。眼鏡もそうだし、漆塗りもそうだし、越前漆器、繊維も盛ん。刃物も有名で。とても技術者や職人が多い街だと思います。不器用だけど、一生懸命に何かを大事にする人が多いのではないでしょうか。
ーー最後に、『時のおと』を観る方へ、見どころやメッセージをお願いします。
音を、あえて聴くことってあんまりないと思うんですよ。でも生活にはたくさん音があって、当たり前の音になっていること自体がとても愛おしい。
この映画は当たり前の「おと」を当たり前のように撮ったつもりなんですけど、見知らぬ街、人の奏でている音を見た時に、「この街知ってるかもしれない」とか、「おと」に愛着を持ったりして、住んでたみたいな感覚になってもらえたら嬉しい。
それで、知らない街の「おと」を聞いたあとに、自分の家の半径50メートルぐらいでいいから、窓を開けた時の「おと」をちょっと聞いてみたら「意外といいことあるじゃん」って。ほんのちょっと自分の街を好きになってもらえたら最高だな、と思っています。
概要
『時のおと』

ストーリー
女子高生は演劇部として最後の夏を迎える。
街の音に憧れた女性は時を止めようとする。
漁師はいずれおとずれる世代交代に向き合いながら生きる。
移住してきた男性は春を待つ野菜を育てる。
聴こえてきた音。聴こえている音。時は過ぎて行く。
監督・脚本
片山享
出演
上のしおり 葵うたの 笹木奈美 窪瀬環 千馬龍平 柳谷一成 もも 千馬一弘 三嘴武志
津田寛治
スタッフ
撮影・編集 片山享
プロデューサー 宮田耕輔 植山英美
脚本 片山享 Kako Annika Esashi
録音 杉本崇志 坂元就
整音 杉本崇志
カラリスト 田巻源太
編集協力 秦岳志
スチール 坂本義和
三味線指導 杵屋禄宣 もも
英訳 服部きえ子
海外セールス ARTicle Films
制作プロダクション ハナ映像社
製作 ふくいまちなかムービープロジェクト
協力 福井市 小浜市 南越前町 鯖江市 勝山市
企画 福井県
SNS
公式HP https://www.tokinooto.com/
公式Instagram https://www.instagram.com/toki_no_oto_291/
劇場公開(2026年1月現在)
東京都 ポレポレ東中野 2026年1月31日~
福井県 メトロ劇場 2026年2月28日~
全国順次公開
井村哲郎
以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。
自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。