『ホゾを咬む』はコミュニケーションにまつわる話。積極的に後悔することこそコミュニケーションなのだと思う。
──髙橋監督に伺います。『ホゾを咬む』とは珍しいタイトルですね。このタイトルについてお聞かせください。
(髙橋さん)僕はみんな知っている言葉だと思っていたのですが、あまり知られていない言葉だと後から知りました。臍(へそ)をかもうとしてもできない、「できないことを後悔する」という意味の言葉で、漢字の表記は「臍を嚙む」ですが、表記を変えて「ホゾ」と「咬む」にしました。自発的にかみつく、自発的に後悔へ向かっていく、という意味を込めています。本作はコミュニケーションにまつわるお話で、人と人が共存するために必要なものが「臍を嚙む」ところにあるのではないか、と。積極的に後悔するというか、「できないこと」に向かっていくことこそコミュニケーションなのではないかと思い、このタイトルにしたという経緯があります。
――髙橋監督自身がASD(自閉症スペクトラム症)のグレーゾーンと診断されたことは作品に反映されているのでしょうか?
(髙橋さん)この映画はASDにまつわるお話ではありませんが、作品のテーマを考えるうえで重要なキッカケになりました。
――出てくる人がみな「変な人」ですね。あれは変な人という設定なのか、主人公のハジメの視点で普通の人が変な人に見えているだけなのでしょうか?
(髙橋さん)コミュニケーションがうまく成り立たない人たちを出したかったという部分もあります。ASDのグレーゾーンという診断を受けたとき、僕は「変わっている人」と判を押されたように感じました。僕から見たら「おかしくない」と思っているので、もし僕がおかしいようなら世の中全部がおかしいのかもしれません。僕が変だとするなら、みんな変だということです。
簡単にいうと、変な人を出すことが普通の状態だということですね。なので、特殊な人を演出しているという意識ではないです。変わっている人ばかりを出しているというより、人の変わっている部分が出てしまっているだけの状況、というか。
(小沢さん)人は、見方が違えば当たり前のことを変だと感じる、と如実に感じた出来事がありました。双子の姉妹の「顔小さくしてあげるよ」「そんなことできんの、すごいじゃん」という会話があるのですが、観客が「あの会話は異常だよね」と言っていたんです。
でも、実は双子の彼女は美容の仕事をしている人という設定なんです。ですから「顔の輪郭を小さくする」のは彼女にとっては普通のことなのに、それを知らない人にとってはすごく異常な会話に聞こえるんだな、と感じました。
(髙橋さん)あれ、脚本にあったセリフではないんです。本人のアドリブなんです。
(小沢さん)本人が自然に話した会話をセリフに取り入れたんです。あの部分だけ聞いて「うわ、怖い」と感じる人もいるんだな、と思いました。
――木村知貴さんの役柄でも「断食すると匂いが消えてくる」というセリフがあり、ちょっと怖い雰囲気のシーンでしたが、考えてみると断食している人っていますよね。変な人に見えてしまっているだけですね。
(小沢さん)受け取り方ですよね。自分の価値観と違うと、人は「変な人だ」と感じてしまうのかもしれませんね。
もともとはカラーだった作品。モノクロにした理由とは
――『ホゾを咬む』は全編モノクロですね。モノクロにした理由を教えてください。
(髙橋監督)もともとはカラー映画の予定だったんですが、出来上がった作品をメインスタッフで集まって見たときに、なんかしっくりこないような感じがしたんです。現場ではこれでよしと思った感覚が、編集でつないでみると出てこなくて。あれこれ相談していたら、撮影監督の西村(博光)さんが「モノクロにしたらいいかもしれないよ」と言ってくれて。それが良かったんです。
登場人物は仕草も極端に少なくして情報量を減らしていたので、最終的に「色」という情報もこのお話には必要なかった。例えば映像を早送りにするとわかるのですが、人はただ立っているように見えても実際は揺れていて距離感が変わっていたりします。「色」の情報を抜いた方が、人と人との距離感などのような、現場でつくっていたささいなもののニュアンスをよりはっきり伝えられたんです。
――映画館で上映することを想定してつくられたと思いますが、4:3サイズでしたので驚きました。通常ならシネマスコープで撮りますよね。4:3サイズにした理由は何でしょうか。
(髙橋監督)これも撮影監督の西村さんのご提案だったんです。4:3サイズにしたいという話をしていたわけではなく、西村さんにはテーマについての相談やオーディション、リハーサルに全て関わってもらっていて、その過程を見て4:3がいいのではないかと勧めてくださったんです。写真でも使われる画角で、この映画にはポートレートのような人物の強さが出た方がいいとご提案してもらいました。
近年4:3を使う作品が出てきているので、最近のそういうムードもあったと思います。
――出演者の、沈黙の間合いやゆっくりしゃべっているところが印象的でした。この演出にはどんな意図があったのでしょうか。
(髙橋監督)カラーからモノクロになった経緯もそうですが、もともとあのスピード感でやろうと思っていたわけではないんです。脚本を書いていたときのイメージのままだと、リアルなやりとりでは速くて観客がついていけない状態になると感じました。セリフに込めた意味合いが漂う前に次のセリフが来てしまうと、観客が意味合いまでたどり着けないなと思い、徐々に伸ばすのを試していったらこうなりました。
――効果として、観る人の気分が不安定になるというか、混乱するというか、普通じゃない感じが演出できていると感じました。
(髙橋監督)小沢さんもそうですけど力のある方に出ていただいたので、皆さんがもともと持っているものがあるから、既存のいいもの、いい感じの雰囲気がパッと出るんですね。
果たしてそれらがこの作品に必要な良さなのか、僕のどこかから何かを持ってきて感じている良さなのかを、演出では見極めるよう心がけました。僕がやりたいことに届く良さなのかそうではないのかを精査していった結果、こうなった感じです。
不安定というのは、狙いとしてはありがたい感想ですね。いわゆる「こうきたらこうかえってくるだろう」というものを外していって、一般的な会話のやりとりとは違うトーンのキャッチボール、掛け合いを表現したかったので。
ストーリー
不動産会社に勤める茂木ハジメは結婚して数年になる妻のミツと二人暮らしで子供はいない。
ある日ハジメは仕事中に普段とは全く違う格好のミツを街で見かける。帰宅後聞いてみるとミツは一日外出していないと言う。
ミツへの疑念や行動を掴めないことへの苛立ちから、ハジメは家に隠しカメラを設置する。
自分の欲望に真っ直ぐな同僚、職場に現れた風変わりな双子の客など、周囲の人たちによってハジメの心は掻き乱されながらも、自身の監視行動を肯定していく。
ある日、ミツの真相を確かめるべく尾行しようとすると、見知らぬ少年が現れてハジメに付いて来る。
そしてついにミツらしき女性が誰かと会う様子を目撃したハジメは…。
――子供を出演させることで作品の雰囲気が違うものになると感じますが、子供を出した意図は何かありますか。
(髙橋監督)内的な意図としては、冒頭の夢のシーンもそうですが、主人公の原始的な欲が発展していくお話として書いたので、それのシンボル的な存在にしています。子供は欲に忠実なので、欲のシンボルとして子供を出しました。
外的には、いろいろな世代の人が映画に出ると豊かになるので、それも意図の一つです。
――あの子供は主人公にしか見えていない「ざしきわらし」のような存在かと思いました。他の人から見えない、自分の分身のようなもので、自分を後押ししてくれるような役割なのかな、と。
(髙橋監督)その表現のほうが、ほぼ合っていますね(笑)
――テーマ的に重いのですが、コミカルな部分などもあり、なぜかそこまで重くなりませんでした。重くなりすぎないよう気を遣った点はありますか?
(髙橋監督)脚本を書いているときは楽しく書いています。登場人物はコメディ的な会話をしているのですが、演出のところでまじめにやるので、そのまじめさによって重くなっているのかもしれませんね。コメディ的な会話をまじめにやりとりしているのです。 同僚役の木村さんもそうですが、ふざけた会話をどうしたらまじめに話せるか、それぞれの登場人物の人間性と価値観を出演者と相談しながらつくっていきました。「笑い」という感覚は基本的に不謹慎なものだと思うんです。だからこそ、まじめな人間をなぜか笑ってしまうような感覚を、観てもらった方には発見してもらいたいです。
プロデューサー業の最大の魅力は作品づくりの最初から最後まで細部にわたり関われるということです
── 女優としてご活躍中の小沢さんのプロデュース作品は2022年劇場公開の『夜のスカート』に続き、本作品が2作目ですね。髙橋監督の作品をプロデュースしようと思ったきっかけを教えてください。
(小沢さん)『夜のスカート』が37分と中編の作品だったので、長編に挑戦してみたい想いがずっとありました。そのときに文化庁のAFF2(ARTS for the future! 2:コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)が行われるという情報を聞き、挑戦してみようと思ったんです。髙橋監督とは『サッドカラー』や別の作品でもご一緒していたので、髙橋監督となら面白い作品がつくれると思いご相談して、企画がスタートしました。
── 髙橋監督は今まで長編映画を撮られていなかったですが、それでも髙橋監督のことが頭に浮かんだのですね。
髙橋監督は短編を何十本もつくっておられて、どれも他にはない変なものが多くて(笑)。
髙橋さんも長編をつくりたいという想いがあるのを知っていましたし、一緒に制作をした経験から信頼関係があってお互いにどういう感じかがわかっていたので。面白いものができそうだと思いました。
── 小沢さんは、最近はプロデューサー業に力を入れておられるように感じます。プロデューサーの魅力や面白さはどんなところにありますか。
(小沢さん)最大の魅力は、作品づくりの最初から最後まで細部にわたり関われるということですね。俳優は、撮影が終われば公開を待つのみなので、自分の役割だけをしっかり果たすという感じです。プロデューサーであれば企画段階からすべてのことに関わり、観客に届けるところまでたずさわることができるので、その楽しさがあります。俳優のお仕事とはまた違った魅力です。
――ヒロインの小沢さんの魅力が本作品の大きなポイントだと思います。捉えどころがなく、さらに色気もあるミツを演じるにあたって、どのようなことを考えましたか。
(小沢さん)ミツのキャラクターは、髙橋監督やスタイリストさんと試行錯誤しながらつくりました。結果的に、2つ結びにしたりメガネをかけたり、モノクロなのでわかりにくいですが、カラフルなピンクやブルーのチェックの服とか、紫のズボンなんかを履いて、元気で無邪気なキャラクターになりました。
主人公のハジメが妻を監視カメラで監視したりして、自分でやったことに縛られて不自由になっていくのとは対称的に、ミツはいつだって自由な人なんじゃないかと私は思ったんです。すごく自由な、誰にも何にも縛られていない、自分の意思で物事を決め、暮らしを楽しんでいる女性だと考えました。
『ホゾを咬む』の1シーン @2023 second cocoon
――主演のミネオショウさんの演技も素晴らしかったです。ミネオさんのキャスティングは小沢さんが考えられたのですか?
(小沢さん)ハジメのキャラクター設定や年齢設定に合いそうな俳優さんを、何人かピックアップして髙橋監督に提案しました。その中からまずミネオショウさんにあたってみてほしいと言われて。
――第一希望だったのですね。ミネオショウさんの良さは、小沢さんからみてどんなところだと思いますか。
(小沢さん)ハジメの役柄としては、圧倒的な普通の存在の中に、狂気がちょっと奥に垣間見えたらいいなと思っていました。明らかに変な人、個性的な人、というよりも普通の中に狂気が潜んでいるようなところが、ミネオショウさんにあるなと感じたんです。平凡さと非凡さを併せ持つような。作品は拝見していましたが共演経験はなく、髙橋監督もご一緒したことはないそうで「初めまして」でした。
――ハジメの同僚役の木村知貴さんは『夜のスカート』にも出演されていますね。
(小沢さん)今回のキャスティングでは、髙橋監督と話し合って、ミネオショウさんと私以外はすべてオーディションで決めようとなって、オーディションの応募をかけたんです。ふたを開けたら木村さんが応募してくださっていました。純粋に嬉しかったですね。
――インパクトがあったのはTikTokerの双子ミサ、リサでした。どうやって探されたのですか?
(小沢さん)フクリ・シッタ役が双子であることは髙橋監督の構想にありました。募集を掛けながらこちらでもいろいろ探していた時に彼女たちを見つけ、見た目が強烈だなと思って。TikTokでは踊りだけで、しゃべっている映像がなかったので、とにかくオーディションに来てもらおうとDMを送りました。
芝居は一度もしたことがないとのことでした。オーディションのとき長いセリフのやりとりを演じてもらいましたが、頑張って覚えてきてくれました。他の双子の方々はみんなタレントや芝居をしている人だったのできちんとできるんですよ。それを彼女たちは後ろで見ていて「こんな風にやらないといけないんだ」とドキドキしていたそうなんです。でも、圧倒的な存在感と雰囲気があり、彼女たちに決めました。
――小沢さんはお知り合いも多いでしょうし、オーディションでなく、「この人に出演してほしい」というお考えはなかったのですか?
(小沢さん)海外映画祭に挑戦したい考えがあったので、日本で知られている人かどうかは重視しませんでした。また、初めての俳優さんの魅力に出会いたい、という気持ちもありましたね。
――プロデューサーとして、観客にどのように作品を見てもらいたいと思っていますか。
(小沢さん)本作のテーマは「信じること、疑うこと」、どんな人にも共通することです。信じていたことがちょっとしたきっかけで揺らいでしまったり、いつも近くにいる人に全然知らない部分があると悟ったり……。こういうことは、誰しも経験があると思います。観客には、登場人物と自分自身を重ね合わせながら楽しんでいただけるかなと思っています。
髙橋監督は「人と人との間に生まれる時間」をしっかりと表現する人
――小沢さんから見て、髙橋監督は一緒に仕事をしてみて、どんな監督でしたか?
(小沢さん)映画監督には、誰しもこだわりがありますが、髙橋監督のこだわり方は独特なところがあるなと感じました。間合いにしろ、リズムにしろ、他の監督さんだとどちらかというとテンポの良さやナチュラルな会話のやりとりを重視するのですが、髙橋監督はそこを度外視し、この映画で表現したい「人の中に流れている時間」「人と人との間に生まれる時間」といったものをすごく大事にされていました。
――髙橋監督から見て、小沢さんはプロデューサーでも女優さんでもありますが、どうご覧になっていましたか?
(髙橋監督)作品を作っていく過程でどのタイミングでも常に伴走してもらえました。気持ちの面でも支えてもらいましたし、作品をより良くする、より深く進化させていくところで一緒にいてもらえたおかげで良い作品になりました。小沢さんがやりたいものと僕がやりたいものがそれぞれあったからこそ、伴走している感覚が得られたと思いますね。
――お二人にお聞きしたいのですが、見方によっては恋愛映画にも見えますが、紹介するときには「何映画」と言えばいいでしょうか。
(小沢さん)恋愛映画のつもりですね。
(髙橋監督)タイトル案にも、恋愛映画のようなタイトルがありましたもんね。
(小沢さん)そうでしたね。撮影前もタイトルをどうしようかと話していましたが、撮影に入ると、主人公のハジメに気持ちが寄っていって恋愛モードに入り、タイトル案でも恋愛映画のようなものが出ていました。
――見どころ満載の映画ですが、小沢さんが特に観客に見てほしいところを教えてください。
(小沢さん)ハジメとミツの、夫婦のやりとりや行く末を見守っていただきたいですね。それと、登場人物の個性的なところを楽しんでいただきたいです。
また、他の映画にはない、人と人のあいだに生まれる間(ま)やズレ、空気感などを映像化している作品なので、そういう部分も楽しめると思います。
――最後に、映画について、観客へのメッセージをお一人ずつお願いします。
(髙橋監督)この映画は特殊な映画だと思います。いわゆる映画文法とは違うアプローチをしています。是非、映画館という情報がシャットダウンされた空間でこの映画を体感してもらいたいです。自身の中に新たな感覚を発見できる時間になってくれると嬉しいです。
(小沢さん)この映画は、観る人によって受け取り方や出る答えがさまざまだと思うんです。例えば、ハジメが街で見かけた「妻らしき女性」が本当に妻だったのかどうか、観る人によって答えが違うと思います。
できれば、1回観たら今度は別の視点で観てほしいと思います。別の視点だと違う見え方がするのではないかと思うので、それを楽しんでいただきたいです。
井村哲郎
以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。
自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。