福井は映画を撮りやすい街。映画祭で、さらに福井を「映画の街」にしたい
福井駅前短編映画祭とは
――このインタビューは映画祭の概要の紹介というよりは、映画祭を運営する人たちの考えや想いを表現したいと思っています。
こちらのサイトでの映画祭のみなさんは、監督ファースト、作品ファーストで書いていらっしゃるので、ちょっと違うかもしれませんがよろしくお願いします。僕の視点では、映画はまちづくりの一つであるという考え方で、映画祭や映画づくりを行なっています。
――福井駅前短編映画祭の成り立ちを教えてください。
駅前でのこの映画祭のきっかけとなると、2012年になるのかなと思います。当時、福井市の事業で「フクイ夢アート」という文化事業があったんですよ。県内の人々を委員会に招聘して事業を行なっていたときに、前の映画祭代表で今はプログラムディレクターの木川剛志・和歌山大学教授が、福井出身の俳優の津田寛治さんに映画を撮ってもらおうと提案したんです。
――2015年の開催の3年前から、まずは映画の構想があったのですね。
当時はクラウドファンディングは一般的ではありませんでしたが、市民の方が寄付をしてくださって、それで制作したのが『カタラズのまちで』(監督:津田寛治)でした。その後もフクイ夢アート事業は続くのですが、月一回くらいで、木川さんが集めてきた短編映画を駅前の空き店舗で上映していました。それが形としての映画祭の始まりですね。2014年くらいからやっていたと思います。それを正式に映画祭として開催したのが2015年。審査委員長をお願いすることを津田さんにも快諾いただいて、2015年に始まりました。
――そのときの応募数はどのくらいでしたか。
最初は69作品でした。
――1回目で69作品はすごいですね。
先に福井映画祭があったので、こちらでは始めから「駅前短編映画祭」と短編映画に絞りました。福井県には他にもあわら温泉で開催している「あわら湯けむり映画祭」もあり、福井駅前短編映画祭と同じくらいの時期に始めていますね。
――福井映画祭があるから「福井駅前短編映画祭」という名前にしたのでしょうか。
駅前と銘打ったのは、きっかけとなったフクイ夢アートという事業が「駅前の空き店舗を減らそう」という大きな目的があったからです。地方都市特有の、中心市街地のドーナツ化現象は福井も同じでしたから。フクイ夢アートは7年ほど行なっていましたけど、結果的に空き店舗もなくなっていって、主な開催地であった「新栄(しんさかえ)商店街」ではこの10年で30店舗は増えました。
――すごいですね。フクイ夢アートの成果があったということですよね。
僕がこの新栄商店街に12年前に店舗を開いたときは「新栄」の名前さえ忘れられているくらい衰退していたんです。昔は人で賑わう場所だったんですけど、「この商店街は必ず生まれ変わる、面白くなる」と言い続けて映画以外にもいろんな活動を続けていたら、いつの間にか30店舗増えていました。僕の仕事の主軸は“まちづくり”です。2024年3月に辞めるまでは福井の地域情報誌「URALA」の編集長をしていました。そういう役職だったのでフクイ夢アートの委員にも呼んでいただけましたし、結果映画に深く関わることになっていきました。
映画祭も雑誌も、まちづくりが基本
――私も東急沿線雑誌「SALUS」の編集長やっていましたよ!そこからどのように、商店街や映画に関わるようになったのでしょうか。
「URALA」があるから商店街に関わったのではなくて、まちづくりを目指して「URALA」に関わったのです。雑誌を作りたいから会社に入ったのではなく、福井のまちづくりがしたいから、その手段として会社を選んだのです。ものを書いて、人に伝えて、人が面白そうだと感じて、人が動いて、そして街は活性化する。その流れをつくることができるのは新聞じゃない、テレビじゃない、雑誌だ、というのが僕の中にありました。今は5万部発行の「URALA」で25年ずっと雑誌編集をやっていて、その編集長をしながら新栄商店街にボクサーパンツ専門店を開業しました。
――パンツ専門店ですか?
ある時、嫁と神戸に旅行した際、嫁から面白い場所があるからと連れて行ってくれたのが「モトコー」と呼ばれる元町駅の高架下の商店街だったんです。雑多で道が狭くて、両脇にたくさんお店がある。昭和でカオスな感じの商店街です。そこを歩いていたらパンツ専門店があったんですよ。派手なボクサーパンツが売られていたんです。これは面白い、とひらめきました。
福井は、繊維産業が基幹産業なのです。でも、メーカーとの守秘契約などもあって、どんなことをしているのか、何をつくっているのか、どんな技術があるのかを地元でも知らない人もいます。それだけ高い技術を持って依頼されているのに、それが知られないから人が入ってこない。人が入ってこないと技術が衰退し、技術が衰退したら産業も衰退してしまう。それを、取材を通じて危惧していたので、これまでの取材の中で知り合ったアーティストと、福井の繊維を使ってパンツをつくったら、面白いし福井には繊維があると伝えられるなと思ってパンツ専門店を開いたんですよ。店舗が商店街の裏通りで、パンツはアンダーウェアだからちょうどいいな、と。
――素晴らしいですね。そこから映画祭にはどうつながっていくのでしょうか。
フクイ夢アート自体は主な会場が新栄商店街でしたので、店舗展開とまちづくりの両方に関わることができ、2015年に始まる駅前短編映画祭もフクイ夢アートの一環でしたから、全国から福井に来てくださる方が増えると思っていたので最初から深く関わっていました。そんなとき津田さんが「みんなでヨーイドンで撮影して、映画をつくって、その場で上映したら面白いよね」っておっしゃったんです。津田さんは福井県のヒーローだから、なんとか形にしたいと思うものの、映画を制作した経験がある人は地元にいないんですよね。それなら「映画をつくる場」をつくろう、という案が浮かびました。映画はこんな風にしたらつくれるんだ、と、市民が知る機会をまず用意しようと。これもまた一つのまちづくりだと思いましたし、2016年から「ふくいムービーハッカソン」を開催することになりました。
――2015年の第1回のときの津田さんの発言により、「ふくいムービーハッカソン」を始めたのですね。何日間で映画をつくるのでしょうか?
脚本はその前に書いていて3日間で撮影をします。1回目では、その場で脚本をつくっていた人もいました。ムービーハッカソンでは市民の映画制作参加希望者が30~50人くらい来て、その場で組分けをするんです。制作やりたい人! 役者やりたい人!って手を挙げてもらって、監督を呼んで、ドラフト会議のように「あの人もらう」って決めていくんですよ。監督をやっていただく方は先に決めています。
2016年の1回目は3作品、2017年は3作品。2018年は2作品。2019年は3作品を制作しました。2019年には津田さんも監督・脚本を務めました。「僕もつくってみたい!」と一年前におっしゃって、それならそういう場をつくろう、福井のみんなと一緒につくろうと。結構楽しかったですよ。2020年はコロナ禍で映画祭がなく、2017年の短編『いっちょらい』(監督:片山享)を長編作として撮り直しています。2021年は1作品、2022年は2作品、2023年は3作品、そして2024年は1作品を制作しました。
――ムービーハッカソンに参加する人は、福井の人限定ですか?
いえ、誰でもいいですよ。毎年東京から参加される方もいらっしゃいます。ちなみに舞台は、よっぽどのことがない限り、すべて駅前周辺にしています。駅前短編映画祭のスピンオフ企画ですからね。かつてはフクイ夢アートの一部だったので、夢アートの中から制作費が出ていたのですが、2017年に夢アートが終わったので制作費はクラウドファンディングや企業協賛、助成金などを使い、それでも足りない分は自腹を切っています。
映画好き、ものづくりでの集中力。福井は「映画の街」に向いている
――福井駅前短編映画祭のミッションやコンセプトを教えてください
コンセプトは“ふくいを「映画の街」に!”です。
今は、全国平均で見ると映画のスクリーン数はシネコン対一般館では9:1くらいで、シネコンのほうが圧倒的に多いんです。翻って福井は7:3くらいの比率で、その3の部分がすべて駅前に集約しています。駅前にはシネコンはなく、すべて地元資本のメトロ劇場(1スクリーン)とテアトルサンク(5スクリーン)の一般館のみです。つまり福井駅前は一般の映画館スクリーンが多数現存する珍しい街だと思っています。
また、福井には伝統工芸品が7つあります。そして、そのうちの越前和紙と越前漆器の2つが1500年も前から続いています。そのため、ものをつくるということへの県民の親和性が非常に高いと思っています。実際にムービーハッカソンをつくっていると、すさまじい集中力でみなさん参加しています。今日初めて参加した一般の人も、映画をつくるということに対して周囲の集中力に感化されてモチベーションが上がって、みんなで一つのものをつくろう、という流れができているんですよ。やっぱりこれはものづくりの街のDNAだなと感じています。
それに映画で一番魅力的だと思うのが、ものづくりでもありつつ、芸術作品でもあることです。かつ、今の街の風景を県外の人たちに伝えることができる、作品として後世に残すことのできる保存性があるんです。街の風景って変わるじゃないですか。でも映画で残していけば、風景は残るんです。だから街のアーカイブ的なものになるんです。
駅前と映画の親和性も高いことと、県民性としての映画のものづくりへの親和性も高いことが、福井駅前短編映画祭、ふくいムービーハッカソンで実証されたというか。だから芸術文化であり、エンタメであり、ものづくりであり、アーカイブである映画を通じて、まちづくりに寄与していきたいという思いから、このコンセプトにしています。
ゆくゆくは全国の長編短編関わらず、福井で映画を撮影していただけるような場所にしていきたいです。みなさんが撮影に訪れた際も、映画に親和性の高い街にすることで、街の人との交流も含めて、いろんな刺激をつくっていきたいというか。“ふくいを「映画の街」に!”にとはそういうことです。
「映画を撮るよ」を言い続けるから、映画づくりに協力的
――“ふくいを「映画の街」に!”という宮田さんの本気度がわかりました。
ずっと「映画撮るよ、映画撮るよ」と言い続け、実行し続けているだけです。そうすることで「今年も撮るのね、頑張ってね」になってくれます。駅前の商店街で根を張ってやってきた結果が「ここ使っていいよ」、「どうぞどうぞ」、「頑張って」になっていきました。
その継続が、ムービーハッカソンに関わった東京の映画関係の方々からの「なんでこんなにみなさん協力的なんですか」という言葉につながっています。ロケハンが1日かかると思ったのに3時間くらいで終わることもあります。極端な話ですが、一昨年も神社のシーンを撮りたいときに、たまたま宮司さんがいて「あらあら久しぶり」、「今度9月に映画撮るんだけどさ、ここ貸してくれない?」、「いいよ」で撮影交渉が終わりました。東京だったらそうはいかないですよね。道で撮影するのも大変だとか、撮影中ののしられるとかってあるそうですね。
そういう枠組みを、これからの目標のためにつくっています。映画制作は監督とか役者とかだけでつくるものではありません。誰もいない森の中でやるなら違いますが、街で映画を撮るということは、街に住んでいる人がいて、営みをしている人がいる、その人たちが協力的でなかったら映画は撮れないんです。
街の中心地でこうなっていったら、巡り巡って、次の街もやろうよと広がっていき、この街はどこでも映画を撮れる街、とするのも“ふくいを「映画の街」に!”にのコンセプトの一つです。それに僕はもっといろんな地方で撮ってほしい、いろんな地方の人たちが映画を撮ってほしい、と思っています。自分の街のアーカイブとして映画撮ろう、と地元の人が感じてほしいなと思うんです。
自分たちが生まれ育った街は、いつかはなくなっていきます。でも映画は永遠に残るのです。それを地元の人たちがつくったら街の誇りになるし、思い出になるし、モチベーションになるし、好きになる。ムービーハッカソンというタイトルも、いろんな街で使ってもらえたらと思っています。例えば北海道のえりも町ならば「えりもムービーハッカソン」とか。ふくい、と頭につけているのはそういう意味です。
――新幹線が通ったから、人が来やすくなったんじゃないですか。それとも車で来るから関係ないでしょうか?
東京から乗り継ぎなしで来ることができるようになったのは非常に大きいですね。心理的な距離の近さを感じるのではないでしょうか。そういう意味では撮影も来てもらいやすくなったと思います。今回の映画祭でも、参加される監督さんとかは日帰りもできるようになりました。
「映画館での開催」「津田寛治さんの感性」が映画祭の特徴
――福井駅前短編映画祭が、他の映画祭と比べて特徴的なのはどういうところでしょうか。
それはひとえに津田寛治さんという存在ですね。僕も木川さんと話していて思うのですが、津田さんが選ぶ作品は他の映画祭の傾向とは違う、というのはあります。
――パッションがすごい方ですか。
映画に対してのパッションはすごくありますね。応募作品は、彼は150あっても全部観ていますよ。僕も観て審査に加わっていますが、「津田さんはそれ選ぶんだ!」となることも多いです。2024年は136作品と少なめだったのでそこまで大変ではなかったです。
――映画祭自体は1日ということで、受賞作品はその場で選ぶのでしょうか。
事前審査で150作品から15~6作品ほどに絞り込み、これらすべてが入賞作品としています。1日で全部上映するのですが、最終が17時頃です。そして17時半から授賞式があります。津田さん、木川さん、僕ら審査メンバーはその間に別会場で賞を決めます。
――グランプリ(フェニックス大賞)を30分で決めるのですか。大変ですね。
だいたいみんなすでに決めています。賞はグランプリ、観客賞、審査員特別賞、ベストアクトレス賞、ベストアクター賞、福井駅前賞で、ノミネートのうち半分くらいは受賞できるイメージです。
――ノミネート作品の上映に加えて、ムービーハッカソンの作品も上映しますね。
タイムスケジュールとしては、お昼休憩の12時頃にムービーハッカソンの作品を上映しています。あと、映画館のスクリーンで上映しますから、DCP(デジタルシネマパッケージ)だけは譲れないというのがあります。DCPをお持ちでない方はデータをいただいてこちらでDCPに変換しています。
――ブルーレイで上映する映画祭も多いですよね。
映画館で、DCPで上映する映画祭はそう多くないそうですね。そういう意味では「映画館でDCPで開催・上映」、「津田さんの感性が光る映画祭」というのが特徴かもしれませんね。
――審査費や入場料はあるのでしょうか?
入場料はいただきます。前売り1500円、当日2000円です。作品の出品料もあります。早い時期に出品くださると1000円、その後2000円、3000円となっていきます。
――それがないと、ものすごい数の作品が来るでしょうか。
どうでしょうか。津田さん、とても忙しいのに応募作品を全部観るんですよ。移動時間にずっと観ていたり、寝る前だったり。全部の作品を観ているから審査の講評ができるんですよね。
――上映された作品の監督の中で、今活躍されている方はいらっしゃいますか?
片山享監督でしょうか。彼は先ほどお話ししたムービーハッカソンで2017年に初めてメガホンを取った福井出身の俳優で、翌年には長編『轟音』をつくり、それが世界7カ国の映画祭で上映されています。その後も何本もの長編映画を撮影していますし、2020年には長編『いっちょらい』、2022年には長編『時のおと』をすべて福井で撮影しています。監督でもありますが、俳優ももちろんやっています。『天皇の料理番』(TBS)では出演と方言指導を行なっていました。
――今後、福井駅前短編映画祭をどう発展させていきたいですか。
これは一つの案ですが。市民審査員を増やしたらどうだろう、と。映画祭ももっと市民参加型にしていくというか。これは津田さんの負担をなるべく軽減させてあげたいなと思ってのアイデアではあるのですが、結局津田さんは全部観たい人なんですよね。津田さんは映画が大好きな、根っからの映画人です。あとは、来ていただいた監督さんや俳優さんをたくさんおもてなしできるような場を作っていこうとも思っています。
ムービーハッカソンに関しては、基本市民参加型で撮っていきますが、全国から参加していただいてももちろん歓迎します。演技経験がなくてもできる、というのは、自然でいられる“場”の空気感だと思います。突拍子もないようなシナリオでない限り、普通に話す、普通に表情で伝えることで、自然な演技、というのはできると思っています。それは全国の誰もができることだと思っています。
事実、2023年に撮影したムービーハッカソン作品の一つ『END OF DINOSAURS』は、2024年のぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞をいただき、その後東京国際映画祭でも上映されました。あのとき出演した人たちは20人近くいましたが、役者は一人だけでした。
これからは短編映画が主流になる
――短編映画って、最後、観客にゆだねる作品がありますよね。短編だから許されるけど長編だと許されにくいですよね。
確かにそれはあるかもしれません。ハリウッドなどの長編は、1分の予告動画でストーリーが全部わかるほど、誰もがわかりやすいように制作しています。そういうのをずっと見てきたから、長編は観て「楽しかった」で終わらないと怒られるかも(笑)。
でも、誰かが勇気をもってやらなければ、とも思いますし、かつて日本映画でもそういう作品はありました。福井出身の映画監督で吉田喜重監督がいらっしゃったのですが、吉田監督の作品は結構観客にゆだねる映画が多かったですね。『秋津温泉』は本当に素晴らしい作品でした。それに実は津田さんも、片山監督もゆだねる映画を撮っていました。もしかしたら福井の人の県民性かもしれません。
ゆだねることはイコール余韻なんです。その余韻がその後、映画を観て同じ時間を共有した人たちのあいだのコミュニケーションになる。映画に対してああだこうだと考える時間が増えるというのは、僕はすごく良い傾向だと思っていて。映画って起承転結だけがすべてではないし、「なんだったんだろ」と余韻を残すのもまた名作になっていくと思っています。
短編映画もそうです。ちゃんと起承転結の作品もありますし、余韻を残す作品もあります。実験的にできる自由度、表現の自由度は逆に短編映画の方が魅力があると思っています。
――今のインディーズ映画は、資金が足りず自腹でつくることになり、映画祭に出品して映画館で上映されるのはまれな状況ですよね。監督がつくればつくるだけお金がなくなってくる。そこを変えたいなと思っているんです。配信だけで変えられるわけではないけれど、いろいろなことで変えていければと思っているのですが、宮田さんはインディーズ業界の現状をどう見ていらっしゃいますか。
これは近未来の話ですが、これから映画は短編が主流になる、と思っているんです。今の時代、すべては余暇といわれる時間の奪い合いのようなもの。映画もその競争に組み込まれています。その中でタイパという言葉が出てきている時点で、映画の2時間が耐えられない観客が出てくるのではないのかな、と思っています。
まだまだ映画館や業界自体が2時間前後の長さに価値がある、とも思っていますし、短編を映画館で流すことのメリットも見いだせていません。時間はかかると思いますが、SNSではショート動画をよく目にするような時代ですから、じっと見ていられるのが最大でも1時間、と向かっていくのではないでしょうか。今では映画もスマホで見るような時代です。そういう意味ではジーンシアターさんのような短編映画のサブスクは魅力的だと思っています。こちらでもやろうと考えていたことですから。
映画館にも足を運ぶ人が昔よりも減っています。でも、大きなスクリーンに他人同士が時間と感動を供する場として、余韻を語り合える場として、映画館の価値はまだまだあると思っています。まだあまりありませんが、短編映画を観る映画館があっても面白いと思っています。福井駅前短編映画祭はそうした近未来に向けての実験的な取り組みの一つとも思っています。
そこで短編映画を撮るにあたっても、短編映画って15分、30分でいかに起承転結に持っていけるか、が問われてくると思います。短編をたくさん撮影しているインディーズの監督さん、脚本家さんはそれにすぐ慣れるフットワークの軽さがあるでしょうし、そうした優位性はあると思っています。
あとは撮影費用をどう捻出するか、になるのですが、映画館での上映やサブスクでの上映がしっかりと軌道に乗っていけば、少しでも費用の足しになると思います。そのためにも、全国の短編映画祭とのつながりを強くし、全体的に盛り上げていくことで、短編映画の地位を上げていくことが開催者側の役割になるのではないでしょうか。
地位が向上していけば、全体的に映画が余暇の獲得競争に勝つことができますし、監督さん、脚本家さん、役者さんの知名度、認知度も上がっていくことで、大きなバジェットの作品に抜擢されるチャンスも生まれるでしょう。短編映画を撮る方々も、いつか大きなバジェットで全国公開の映画を撮る、という強い思いでいて制作し続けてほしいと願っています。短編映画祭やジーンシアターさんのようなサブスクはそういう人たちを応援したいのですから。
開催概要
福井駅前短編映画祭
第9回福井駅前短編映画祭2024
2024年11月30日(土)
会場 テアトルサンク スクリーン5
招待作品「DJ,MONK」 上映時間:9分
テクノ法要と呼ばれる、新しい仏教芸術に焦点を当てて制作。発案した僧侶の想いと共に、伝統的な仏教美術と新しい表現を交えた映像作品。
監督・撮影・編集:ネイサンソン アーロン
プロデューサー:北出 夕子・耒丸 浩基
翻訳:北出 夕子・ネイサンソン アーロン・内藤 リンジー
色指定:ソーヨン パック
オリジナル音楽:朝倉 行宣
追加音楽:Downtown Binaly・Master Minded
2024年度ノミネート作品
『アオイロの怪獣』 三輪ココロ監督
『あたらしい世界』 村口知巳監督
『アノサ カアサン』 田野聖子監督
『河童になる』 山科晃一監督
『最後の生活』 渡邉高章監督
『正しい生活』 井ノ上楡監督
『タバコが旨い話』 加藤也大監督
『scenario』 三浦和徳監督
『夏空と銀色のブローチ』 江畠香希監督
『にぼし陰陽師 ぬらりひょんの巻』 桜井瑛二監督
『ハッピーアワー』 沖田かおり監督
『+、○○で逢えたら(仮)』 西野波音監督
『フューチャー!フューチャー!』 眞鍋海里監督/山本ヨシヒコ監督
『緑閃光』 武部亜美監督
『Lelaina』 長棟航平監督
『ヨビとアマリ』 比留間未桜監督
作品名あいうえお順
前売りチケット予約2024
以下のページよりチケット予約を行ってください。
チケットは当日精算となります。
https://fukui-shortfilm.com/ticket2024/
主催 ふくいまちかなムービープロジェクト
特別協賛 一般財団法人 杉本育文化財団
協賛 つくも橋ピリケン本店 株式会社タッセイ まちづくり福井株式会社 かくれわ食堂 株式会社コスモスライフサポート 福井工業大学 興和江守株式会社 ハピリンモール株式会社 ますも証券株式会社 株式会社キャリアプラス 株式会社ベターウェブ 株式会社MITAS 株式会社熊谷組 OOKABE GLASS株式会社 株式会社バックオフィス・ディレクション 株式会社akeru 株式会社天たつ 安文酒店
公式ホームページ
井村 哲郎
以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。
自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。