ドキュメンタリー映画『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』(以下、『犬と戦争』)を制作するに至った理由やこのドキュメンタリ―に対する想いを山田あかね監督に伺った。

ウクライナへ行き取材を敢行した理由

――『犬と戦争』、すごい作品ですね。山田監督はずっと犬をテーマにドキュメンタリーに取り組まれていますが、どのような理由からでしょうか。

とにかく犬が好きなのです。子どもの頃からずっと犬を飼っていました。仕事やプライベートで大変なことがあっても、犬と一緒に時間を過ごすことで自分の心身が回復でき、犬にはいつも助けてもらっているという気持ちがあり、「犬」をテーマにドキュメンタリー映画を制作してきました。

――ロシアの侵攻から、わずか1カ月半後の2022年4月に、取材のためウクライナに入られています。侵攻が始まってすぐにドキュメンタリーをつくろうと思ったのですか。

2022年2月にロシアのウクライナへの侵攻があって、ニュースやインターネットで現地の状況を調べていたときに、瓦礫の中から中型犬を助ける人の映像を見ました。こんな状況の中でも動物を助ける人がいることに驚き、同じ状況にいたら私も同じことをするだろうと共感しました。そして、実際にウクライナに行って、その人たちの映像を記録したいと思ったのがきっかけです。
撮影した作品を、どうするかは後で考えればいいと思いました。とにかくウクライナに行って撮影をすることで頭がいっぱいでした。

山田あかね監督

――戦争中のウクライナは桁違いに危険度が高い場所ですが、行くことに迷いはなかったのですか。命をかけてまで、撮影したいと思った気持ちをお聞かせください。

命をかけたと言われればそうかもしれませんが、当時はそこまで考えていませんでした。ウクライナだけでなく、東日本大震災後の福島や、能登半島地震直後に現地入りした時も、自分に何かあって死んでしまったとしても、仕方がないと思っていました。それよりも現地に行って撮影したい、という気持ちが強かったのです。それでも、さすがにウクライナは1人でいくのは怖いと思いました。
しかし、長年にわたり一緒に仕事をしている、カメラマンの谷茂岡稔さんが同行してくれることになり、ウクライナ行きを決心できました。戦争中の国に行く場合は、生命保険が掛けられないのです。万が一現地で亡くなってしまっても、お金は全く出ないので、そういう点でも不安はありました。

ウクライナで体験した恐怖

――実際にウクライナに行って、現地の状況を目の当たりにして、どのように感じられましたか。

一番怖かったのは、ポーランドから徒歩でウクライナの国境に入ったときです。今思えば、国境付近は前線に比べて安全なのですが、戦争している国に行くのは初めてだったので、何が起こるかわからなくて、とても怖かったことを覚えています。

同行したカメラマンの谷茂岡さんが、国境を超える瞬間を映像で撮ったのですが、現地のウクライナ兵に止められて、そこで撮影した映像を全部消去させられてしまいました。軍関係の映像は撮影してはいけなかったのです。

現地の案内はインターネットで知り合ったウクライナ人が、私たちを迎えに来てくれることになっていたのですが、その人を待っていた30分もとても不安で怖かったです。本当に来てくれるのか、騙されて殺されてしまうかもしれないなど、戦争をしている国で見知らぬ外国人の車に乗るということはとても危ないことですよね。結局そのウクライナ人はとても信頼できる人で、その後ずっとお付き合いをしているくらい良い人でした。

『犬と戦争』ミサイルが着弾したキーウ市内の小児病院

――戦争は人の命だけでなく、動物たちの命も奪っていくという現実を突きつけられました。東日本大震災後の福島で撮影された『犬に名前をつける日』も飼い主がいなくなった犬たちを描いています。ウクライナと共通する点や、違うところはありますか。

被災地などに残された犬たちが、人間が来ると喜んで餌をもらいに寄ってくる無邪気さは、ウクライナも福島も一緒だと思いました。

違うところは、動物を助ける人たちや、それを撮影する私たちの危険度ですね。例えば、福島では当時放射能に被爆する怖さはあっても、それ以上攻撃されるかもしれないという怖さはありません。

しかしウクライナはミサイルがいつ落ちてくるかわからない、地雷を踏んでしまうかもしれないなど、次の瞬間に何が起こるか全然わからないという恐怖はウクライナの方が格段に高いですね。

――ヨーロッパには、犬を保護するNPO団体が多いことに驚きました。日本にもこのような団体はあるのですか。

もちろん日本にも多くの動物愛護団体があります。大きい団体は少ないですが、小さな団体は数多くあります。東日本大震災や能登半島地震の時に、私も実際にその人たちが活躍されているのを見ました。

――ウクライナで、ダムが決壊した直後のへルソンに行かれたのですね。非常に危険だったと思いますが、行くことを決断された理由をお聞かせください。

戦地の前線で動物たちを救う人たちを撮影するのが、今回のテーマでした。たまたまウクライナで私たちが取材していた女性が、へルソンに行っている仲間の映像をスマートフォンで見せてくれたのです。

彼女たちがへルソンに行くなら、私たちも一緒に行くしかないと思いました。なぜなら、へルソンは私たちのような海外メディアの人たちだけでは入れない場所なので、彼女たちのような保護団体と一緒に行けば、その取材を目的としている私たちも入ることができるからです。こんな機会はないと思い、カメラマンの谷茂岡さんも同行すると言ってくれたのでへルソンに行く決断をしました。

『犬と戦争』」より

戦地の前線で動物たちを救う魅力的な人たちとの出会い

――この映画には、魅力的な人がたくさん出てきます。特に「Breaking the Chains」という動物愛護団体のトムさんが印象に残りました。トムさんは戦場でのつらい経験によってPTSDを発症していたときに飼っていた犬に心を救われ、動物を助ける活動を始めたというエピソードには、心打たれました。トムさんとはどんな出会いだったのですか。

私は2022年に犬の保護施設であるボロディアンカの実情を知って、2023年に真相をつかむため取材に行きました。今回の『犬と戦争』の撮影は、本当はそこで終わる予定でした。ところが、そのボロディアンカの取材に協力してくれたオレーナという女性が、動物を助ける活動をしているトムというイギリス人男性の話をしてくれたのです。トムは以前活動を助けてくれたそうで、とてもすごい人だとオレーナは言っていました。

私は日本に帰ってからトムのことを調べ、トムが所属するBreaking the Chainsの活動を知りました。私はすぐにトムに連絡をとり、取材を申し込み、トムとロンドンで会うことができました。

そこでトムに、次に戦地の前線に活動に行くときは私も一緒に連れて行ってほしいと伝えました。トムは「死ぬかもしれないよ」と言いましたが、私が強くお願いしたので了承してくれました。ところが、その後トムはイスラエルのガザに行ってしまい、まだトムの活動に同行できていないのです。現在もトムは、ガザで活動しています。

ガザはウクライナよりもさらに危険なところで、トムは本当にすごいです。いつかはトムのドキュメンタリーをつくりたいと思っています。

――ナレーションに俳優の東出昌大さんを起用された理由を教えてください。

2024年に公開された、東出昌大さんが狩猟をする姿を追ったドキュメンタリー映画『WILL』(監督:エリザベス宮地)を観たからです。

私は東出さんの生き方と動物に対する思いに感銘を受けました。『犬と戦争』のような、戦地で動物たちの命を救う人たちをテーマにした映画のナレーションをやってもらうには、彼くらいぎりぎりの現場で、命と向き合っているような人が相応しいと思いました。

『犬と戦争』より

『犬と戦争』で見せた「犬たちの衝撃映像」

――この映画を観て、厳しい戦争の現実と、その中で動物の命を救おうとする人たちがいることに感銘を受けました。ぜひ多くの人に観てもらいたいです。山田監督がこの映画を通して伝えたかったことは何ですか。

歴史を考えたときに、ロシアのウクライナへの侵攻は後世の記述に残ると思います。ブチャで虐殺があったことも歴史に残るでしょう。しかしキーウ近郊のシェルターで、犬が大量に死んだことや、現地で犬を救う人たちがいたことなどは、歴史に残らないと思います。

戦争の犠牲になった犬たちがいた、そんな犬たちを救った人たちがいたということを、記録して後世に伝えるのが私の役目だと思っています。戦争というものは、人間だけでなく動物たちも巻き込み被害を及ぼしていくものである、ということを伝えたいです。

――最後になりますが、現地の方が撮った映像で、ボロディアンカの保護施設でたくさんの犬が亡くなっているシーンが衝撃的でした。あの映像はあえて入れたのでしょうか。

そうです。わたしはあの映像を見たときに、このテーマで映画をつくろうと思いました。あのような映像は、テレビだったらモザイクをかけたりするのでしょうが、犬たちの大量の死があった現実を伝えるためには、ありのままの映像が必要だと思いました。見た人がつらくなるとか、不快に思うとかという理由であの映像をごまかしたくなかったからです。

私は、そもそも戦争自体が不快なものだと思っているので、この映画を観る人にその不快さも含めて知ってもらう必要があると思い、あえてあの映像を入れています。

Profile
山田あかね ドキュメンタリー映像作家

概要

作品概要

監督・プロデューサー:山田あかね 
ナレーション:東出昌大 
音楽:渡邊 崇
製作:四宮隆史 
プロデューサー:遠田孝一 長井 龍 
撮影:谷茂岡 稔 
編集:前嶌健治 
サウンドエディター:丹 愛 
バンドゥーラ演奏・ヴォーカル:ナターシャ・グジー
アソシエイトプロデューサー:行実 良 
構成協力:松谷光絵 
アシスタントプロデューサー:泉野 真依子 
宣伝:加勢 恵理子
制作プロダクション:スモールホープベイプロダクション
配給:スターサンズ
製作:『犬と戦争 ウクライナで私が見たこと』製作委員会

2024/日本/109分
©『犬と戦争』製作委員会

公式

■公式HP:https://inu-sensou.jp/    

■公式X:@inu_sensou(https://x.com/inu_sensou)

ストーリー

ロシアによるウクライナ侵攻から3年。小さな命を救うために奮闘する人々を追った《希望》のドキュメンタリー。

2022年2月から始まったロシアによるウクライナ侵攻。これまでに数々の作品で犬や猫の命をテーマに福島や能登などの被災地への取材を重ねてきたドキュメンタリー映像作家・山田あかねは、〈戦場にいる犬たちの現実を伝えなければ〉という覚悟のもと、侵攻から約1ヶ月後、戦禍のウクライナでカメラを回す。そして、ある衝撃的な事件を知ることになる。「戦場にいる犬たちに、何が起きたのか?」─ その真相を探るため、3年にわたりウクライナへ通うことになった。ナレーションは俳優の東出昌大。猟師として日々命の現場に立つ東出の言葉は、私たちに現実を突きつける。

犬たちを取材する中で見えてきたのは、戦争に翻弄される人々の姿、そして様々な立場から語られる平和への願いだった。本作は、戦禍のウクライナで《戦うこと》ではなく、《救うこと》を選んだ人々による希望の物語である。

コメント

■監督:山田あかね

戦禍のウクライナ、首都キーウで起こった犬をめぐる「ある事件」。
その一部始終を捉えた映像を見た私は、彼らに…犬たちに何が起こったのか知るために、3年にわたり、ウクライナに通った。そこで見たのは、「戦争の悲惨さ」だけでなく、極限状況のなかで、犬や猫、動物たちを救おうとする人達の「強さと優しさ」だった。
戦争という悲劇のなかで見た、ひとすじの希望の物語です。

■ナレーション:東出昌大

可愛い犬の映像がふんだんに映し出されます。はしゃいでは見せるその純真無垢な表情に、戦禍が続いている事を忘れそうなほどに。犬は人間に助けを求め、時に癒し、稀に人間よりも悟った顔をします。犬から考える平和について。犬は当たり前の幸せを享受出来る、素直な生き物。犬から”だから”考えられる平和について、の映画とも言えます。

劇場

https://theater-list.com/inu-sensou/

インタビュアー
井村哲郎

以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。

自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。