“レンタル”という形で描く、新しい人間関係とは
映画『レンタル家族』は、認知症の母を支える主人公・沼田洋子が、あるきっかけから「レンタル家族」というサービスと出会い、夫と娘を“演じる”他者たちと関係を築いていくヒューマン映画。
一見すると風変わりなサービスをクローズアップした作品に見えるが、上坂龍之介監督が本作で描こうとしたのは、奇抜なアイデアの是非ではない。そこにあるのは、「これまでの人間関係の否定」と「これからの人間関係の肯定」。社会的地位、年齢、性別、家族制度、出会い方。そうした外側の概念によって、本来なら心を通わせられるはずの人たちが一緒にいられなくなることへの違和感だった。
本作の企画の成り立ち、キャスティング、演出、撮影、そして作品に込めた思いについて、上坂監督に話を聞いた。
ーー『レンタル家族』を拝見しました。本作は、上坂監督が発案し、それをもとに脚本の土井涼介さんが脚本にされたと伺っています。まず、この企画はどのように生まれたのでしょうか。
もともと僕が大学生時代から温めていた企画なんです。今回、映画をつくることが決まった時に、土井さんが僕の大学時代のバイト先の先輩だったこともあり、自分ひとりで脚本を書くのではなく、土井さんと共同脚本という形でつくっていきました。

“レンタル”を描きたかったわけではない
ーーかなり変わった題材の作品だと思います。上坂監督がこの企画を発案した理由は、どういうところにあったのでしょうか。
一番のテーマは、「これまでの人間関係の否定」と「これからの人間関係の肯定」でした。
人と人が思い合い、お互いに愛し愛される関係がある中で、以前の日本は今よりももっとそうだったと思いますが、社会的地位や年齢、性別、こういったものが邪魔をしてしまう。本来なら心が通い合う存在なのに、他の概念のようなものが邪魔をして、本当は一緒にいられるはずなのに一緒にいられない。そう感じるきっかけがあって、このテーマで撮ろうと思いました。
よく質問をいただくのが、今回「レンタルサービス」というものを扱っているので、そこを描きたかったのかということなんですが、別にレンタルサービスそのものをやりたかったわけではないんです。あくまで僕が描きたかったテーマを描くにあたって切り口にしたのがこのレンタルサービスだったというだけで、「レンタル」というところに重きを置いているわけではないです。
ーー「新しい家族の形」というよりは「新しい人間関係の形」を描いた作品、ということでしょうか。
そうですね。新しい人間関係の形を描きたかったです。
今回のように、レンタルサービスを利用して出会う人間関係って、第三者から聞くとつい拒絶されがちだと思うんです。もっとわかりやすく言うと、今はマッチングアプリで結婚される方がすごく多いじゃないですか。でも10年前だと、マッチングアプリで出会ったことを親に言いづらいとか、そういう空気があったと思うんです。
年数を重ねていく中で、それも普通になってきた。出会い方とか、出会う場所とかによって、たとえその関係が素晴らしい人間関係だったとしても、第三者からどう見えるかを気にしてしまう。本来、一緒にいられる存在なのに、いられなくなってしまう。そういうことが多いなと、すごく思っていました。

社会問題は、物語を進める中で自然についてきた
ーー今回の作品には、多くの社会問題が入っています。親の認知症、介護、老老介護、離婚、子どもと離れて暮らすこと、小学生のネグレクト、LGBTQなど、本当にさまざまな要素が描かれています。これらの社会問題を多く取り扱った背景、理由は何だったのでしょうか。
実は、本当に最初の軸は「これまでの人間関係の否定」と「これからの人間関係の肯定」というところだけでした。
認知症があって、介護があって、それでレンタルサービスを使うという流れは、僕のプロットの段階からありました。ただ、レンタル夫だったり、レンタル娘だったり、それぞれの背景のようなところは、土井さんと話し合いながらつくっていきました。
映画の完成に向かっていく過程の中で、「こういう要素もあった方がいいんじゃないか」と、徐々にできていった感じです。
ーー人物像を掘り下げるにあたって、そういう背景があった方がよかったということですか。
そうですね。お互いが求め合う関係というか。レンタルされる側も、実は心をこのコミュニティに頼るようになっていき、そこに入っていくにあたって、社会問題的な背景を持っている方々の方が物語の中に入り込みやすいというのはありました。
主人公・洋子のモデルは、母の友人だった
ーー荻野友里さんが演じる主人公の沼田洋子について伺います。洋子は離婚を経験し、会社ではある程度認められている一方で、自分自身では「そこまでじゃない」と感じているようなギャップもある。さらに親の介護や孤独も抱えていて、アラフォー女性の悩みがたくさん入っていると思いました。そうした悩みについて、リサーチはされたのでしょうか。
洋子に関しては、母の友人がモデルになっています。
その方自身から、何か具体的に「こういう悩みを持っている」と聞いたのではなく、内面をモデル化しました。その方はすごく品があって、本当に人のことを純粋に思える人なんです。
今の時代でも、もちろん優しい人の方が世の中には多いと僕は思っているんですけど、ピュアさみたいなものって、東京で働いていると、どんどん薄まっていったりするじゃないですか。でも荻野友里さんが演じる洋子には、どこかにすごくピュアさがある。人を優しく思える心がある人だと思っていて、そういうところがモデルになっています。
「この人なんだろうな」と思えた主演・荻野友里
ーー洋子を演じた荻野友里さんが、とてもよかったです。荻野さんを起用した理由を教えてください。
今回、キャストは全員オーディションなんです。
ありがたいことに、500〜600人くらい応募をいただきました。僕にとって初めての自主映画で、短編も撮ったことがなかったので、その状態で500〜600人も来ていただけるとは思っていませんでした。本当にありがたかったです。
できるだけ多くの方にお会いしたくて、2日間くらい、朝8時から夜10時くらいまで、朝から晩までほとんど休みなくオーディションをしました。

荻野さんは、たしか初日の午前中、わりと序盤にいらっしゃったんです。他にも素敵な方はたくさんいたんですが、荻野さんは感覚的に「あ、この人なんだろうな」と、その瞬間に思いました。
もちろん、演技がうまいことや、キャラクターのビジュアルがイメージに合っていることは大前提としてあります。ただ、それだけではなく、荻野さんが醸し出している柔らかさや品格、この人はたぶん優しい人なんだろうなと感じさせる安心感があったんです。それで荻野さんにお願いしたいと思いました。
ーー荻野さんには、洋子という人物像について、どのように伝えたのでしょうか。演じてもらうにあたって、話したことや注意したことはありましたか。
僕は「キャスティングが演出」くらいに考えています。演技力に関しては、映画監督が短期間で一気に上げられるわけではないですし、もともと演技力がある方に、こちらが思い描いているものへ合わせてもらう作業だと思っています。だからまず、キャスティング段階で本当に頑張って決めます。
結論として、荻野さんとはそこまで多くは話していないんです。洋子がどういう性格なのか、普段どういう人なのか、モデルになった人がこういう人で、ということはもちろんお伝えしました。ただ、現場で「これはこうしてほしい」という大きな演出は、荻野さんに関してはあまり言っていない気がします。
僕自身、人の会話の間などはすごく気になるタイプなので、「ここでもう少し間を空けてほしい」といった細かいことはお伝えしました。ただ、人格の部分については、リハーサルの中で洋子さんの人となりを共有しました。そこで共通認識がすぐにはまったので、あまり細かく話している感覚はなかったです。本当に、はまり役だったと思います。
キャスティングは、人物の“近さ”を探す作業だった
ーー他にも印象的な人物が数多くいました。特に父親役の黒岩徹さん、そして松下豪役の龍輝さんも、とてもよかったです。お二人の起用の決め手はどこにあったのでしょうか。
実は、黒岩さんと龍輝さんの役は、一番悩んだくらい最後まで決まらなかったんです。
荻野さんや、おばあちゃん役の駒塚由衣さん、朱里役の中本りなちゃんは、わりとすぐに「この人でいきます」と周りのスタッフに伝えました。でも黒岩さんと龍輝さんの役に関しては、応募者に適役だと思える人が多くて、本当に決めきれなかったんです。
僕はこれが1本目の自主映画ではあるんですが、普段は制作会社をやっているので、仲のいいカメラマンやディレクターなど、映像をやっている人たちにも「どう思う?」と聞いてみました。
ただ、最後はもちろん僕の判断で決めました。
日常のリアリティを支えたロケーションと美術
ーーロケ場所も印象的でした。両親が住んでいる郊外の一軒家など、外観も含めて「こういう家、あるよね」と感じるリアリティがありました。あの家は実際に見つけられた場所なのでしょうか。
洋子の実家はハウススタジオで撮影しました。ハウススタジオもいろいろな場所を見て、10軒近く見た中で、一番良かったのがあの場所でした。
スタジオですが、美術さんがすごく頑張ってくださいました。映画の美術はおそらく当時初めてだったと思うんですけど、できるだけナチュラルな感じにしてくれました。小道具も全部持ち込んでくれて、僕の思っている「郊外の家」にしてくれたという感じです。

“揺らさないカメラ”で、観客に安心して観てもらう
ーー撮影についても伺います。カメラは、かなりフィックスが多かったように感じました。最近は心理描写の揺れを出すために、あえて手持ちで揺らす監督も多いと思います。しっかりフィックスで撮った理由は何だったのでしょうか。
フィックスで撮影することは、ベースとして決めていました。僕は、映画は商業的な部分も大きいと思っており、お客さんにいかに見応えがあったか感じていただけるかが大事だと思っているんです。
そう考えた時に、ベースを揺らしカメラや手持ちにすると、どうしても見づらいことが多いなと感じていました。もちろん、それがうまくいっている作品も多いと思います。ただ、うまくいっていないことも多いと僕は思っていて。
ある重要なシーンがありますが、あそこは手持ちにしています。逆に言うと、そこだけは手持ちで撮ろうと事前に決めていて、それ以外は手持ちをやらない。基本的には三脚に載せた状態で撮ると決めていました。
ーー観ていて、安心感がありました。
常に揺れているカメラだと、疲れてしまう人が多いと思うんです。僕の調べなので、少し感覚的なものではあるんですけど、特に僕と同じような業界の人たちは、映画にそもそも慣れていますし、ミニシアター系やアート系の映画にも慣れているので、そういう映像も見られると思います。
でも僕は兵庫の田舎出身なんですが、地元の普通の友達に「どういう映画を見る?」と聞いたり、自分の映像を見てもらったりすると、揺れる映像は「見づらい」「気分が悪くなる」と言われることが結構ありました。
やっぱりそうなんだと思って、あまりそれはやめようと思い、フィックスにしました。
人の優しさを信じたい
ーーこの映画を通して、どうしても伝えたかったことは何でしょうか。最初に伺ったテーマとも重なると思いますが、改めて教えてください。
テーマは「これまでの人間関係の否定」と「これからの人間関係の肯定」なんですが、僕が一番大事にしているのは、「人の優しさを信じたい」ということです。
これは、僕の今後の映画監督人生でも、ずっと続くテーマだと思います。

僕も東京に来て、生活したり仕事をしたりする中で、多少なりとも嫌なことや大変なこともありましたし、嫌な人にも出会ってきました。でも、トータルで見ると、優しい人の方が多かったです。人は優しい人が多いし、優しくできる人の方が多いし、心が優しい人の方が多い。そう思っているし、そう思いたいんです。
だから、これが僕の映画です。今回はその上に、「これまでの人間関係の否定」と「これからの人間関係の肯定」というテーマがありますが、根の部分には「人の優しさを信じたい」という思いがあります。
大切な人と一緒に観てほしい
ーーこの映画は、どういう人に観てもらいたいですか。
本当に、1人でも多くの方に観てほしいです。
できれば自分の大切な人と一緒に観てほしいなと思っています。恋人でもいいですし、先輩、後輩でもいい。友達でも、これから恋人になりたい人でもいいですし、仕事関係の人でもいい。どんな関係でもいいので、自分にとって大切な人と観てほしいです。
介護や認知症、LGBTQ、ネグレクトなど、さまざまな要素が入っているので、いろいろな視点から思いを巡らせていただけると思います。
あとは、疲れている人にも観てほしいです。ちょっと嫌なことがあった時に、この映画を観て、最後に前向きな気持ちで終われるような作品になっていると思っています。観終わった後、少しでも心が軽くなってくれたらうれしいです。
概要
『レンタル家族』

ストーリー
東京の会社に勤務する洋⼦は仕事で多忙な毎⽇を過ごす傍ら、定期的に実家へ帰省をし、⽗・忠勝とともに認知症の⺟・千恵⼦のケアをしている。千恵⼦の症状は近頃進⾏が早く、洋⼦が数年前に離婚したことさえ忘れ、帰省の度に元夫と娘について聞くのであった。ある⽇、洋⼦は取引先の担当者から、「レンタル家族」というサービスを紹介され、体験レンタルを強く勧められる。⽿馴染みのないサービスに⼾惑ってはいたが、断りきれない洋⼦はレンタル夫を家事代⾏として⾃宅に呼ぶ。派遣されたレンタル夫の松下豪と⾺が合った洋⼦は、松下に千恵⼦のことを相談。すると松下は、⾃分を夫、知り合いの⼦役・安⽥朱⾥を娘として、家族を演じることを提案する…。⽇々進⾏していく千恵⼦の認知症、不器⽤ながら千恵⼦を⽀えようと奮闘する忠勝、複雑な事情を抱えながらレンタル家族を担う松下と朱⾥。洋⼦は、⾃分を取り巻く“家族たち”と⽉⽇を重ね、新たな幸せのかたちに触れていく。
監督
上坂龍之介
出演
荻野友⾥
駒塚由⾐ ⿊岩徹 ⿓輝 中本りな
松林慎司 中村芽⽣ ⽥崎礼奈 ⽥中壮太郎 鈴⽊浩⽂ ⼩野孝弘 保⽥賢也 ⽩⽊博⼦ ⼩野翔平 荒岡 ⿓星
スタッフ
脚本:⼟井涼介/上坂⿓之介
撮影:JOJI、佐貫圭亮 照明:⽯川冬⽊ 録⾳:渡邉直⼈
美術:新井友馨 メイク:船⽥瞳、⻑⽥理沙⼦
⾐装:清⽔拓郎 キャスティング:神原章吾 制作:江⼝尚⽮
撮影助⼿:松下昇平、⼭﨑勇輝 照明助⼿:武⽥哲喜、⼤嶋空⼤
スチール:仲村征紘
編集:JOJI 整⾳:渡邊直⼈ テクニカルコーディネーター:Gregory Germain
主題歌:不眠旅⾏「homes」
89分/⽇本/16:9/カラー/5.1ch
©KOHSAKA Pro
配給:ラビットハウス
SNS
公式HP https://rental-kazoku.com
公式X https://x.com/ryunosukekosaka
公式Instagram https://www.instagram.com/rentalkazoku_movie/
劇場公開(2026年7月現在)
東京都 新宿K`s cinema 2026年7月31日~
全国順次公開
井村哲郎
以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。
自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。