キネカ大森支配人就任の驚きと、芽生えた覚悟

――植村支配人は、テアトルグループで最年少の支配人とのことですが、現在入社して何年目ですか?

新卒で入社し、2025年で3年目になります。

――支配人に任命されたとき、率直なお気持ちはどのようなものでしたか。

最初は、正直「嘘だろう」と思いました(笑)。ドッキリ…ではないですが、全然話が入ってこなかったです。その後に上司の方から詳しくお話を聞いて、「あ、本当なのかもしれない」って思い始めました。異動して1カ月たち、やっと少しずつ実感が湧いてきた感じですね。

――どんな点を評価されたのだと思いますか?

入社1年目にヒューマントラストシネマ有楽町に配属され、9カ月ほど働いたのち、渋谷のヒューマントラストシネマに異動したんです。
有楽町と渋谷はお客様の層が全く違っていました。渋谷はわりと若いお客様が多かったんです。だから「映画にあまり興味ない人たち」にも映画館にお越しいただけるよう、様々な企画を提案して採用していただきました。そういうところを評価してくださったのではないかと思っています。

――どのような企画を実施されたのですか?

AGNIというインセンスブランドとコラボレーションしました。映画の作品からインスピレーションを得て、作品ごとに香りを用意していただいて、映画のイメージに合う香りを販売しました。例えば『ロボット・ドリームズ』(監督:パブロ・ベルヘル)や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(監督:ロバート・ゼメキス)など…。特に若い人たちは、少し違った切り口で映画に興味を持つことも多いと思ったので。まさに若い人たちにたくさん映画を観にきていただきました。映画をまだ観ていなくても、先に香りを嗅いで「どんな映画なんだろう?」と興味を持ってもらえるのは、面白い体験なのではと思っています。

――面白い取り組みですね。香りを使った上映もあったのですか?

私が異動した後の話なのですが、AGNIさんとのコラボ第2弾のときに、実際に場内に香りをまとわせて上映したそうです。

“観る側”から“届ける側”へ――大学時代の気づき

――植村支配人は小さい頃から映画好きだったのでしょうか?

実は映画をよく観るようになったのは大学生からなんです。高校生の頃まではジブリ作品や『E.T.』(監督:スティーブン・スピルバーグ)などは観ていたものの、『ショーシャンクの空に』(監督:フランク・ダラボン)といった有名な作品も観たことがなく、大学に入学して、コロナ禍でおうち時間が増えて、配信サービスで映画やドラマをたくさん観るようになって、それから映画館にも行くようになったんです。
さらに、仲の良い友人がミニシアターでアルバイトをしていたので、私が大学2年の頃にミニシアターに通うようになり、映画の世界に魅了されていきました。

――ミニシアターではどのような映画を鑑賞されましたか?

数多く観た中で、韓国映画の『はちどり』(監督:キム・ボラ)や東京テアトル配給の『あのこは貴族』(監督:岨手由貴子)などは特に印象に残りました。ミニシアターで上映される作品はそれまで観たことがなかったのですが、観てみたら「心に寄り添ってくれる映画もあるんだな」と気づきました。そこからはインディペンデント系の作品を中心に観るようになりました。

――大学では映画研究会などに所属していましたか?

いえ、映画研究会には入っていませんでした。ただ大学ではメディア系の専攻で、エンタメやアニメ、映画、音楽、アイドル文化などを幅広く勉強していました。

――就職先として東京テアトルを選ばれた理由を教えてください。

『はちどり』や『あのこは貴族』のような作品に出会うまでは映画をそれほど観てこなかった私が強く感銘を受けたように、“心に寄り添ってくれる映画”があることを多くの人に知ってもらいたい、と思いました。
それで、インディペンデント映画を多く配給している東京テアトルに入りたいと思い、第一志望にしました。

――劇場業務以外にも配属される可能性があった中で、劇場の現場を希望されたのですか?

当時は特に「この業務がしたい」という具体的な希望はなかったです。なんというか…映画を観るのが好きだというだけで、「自分が映画に携わるにはどのような関わり方が向いているのか」とか「どの分野が自分に合っているのか」なども分かっていなかったので。とにかく映画に携われたらいいな、という思いだけでした。

「地域と映画館をつなぐ」キネカ大森の現在地

――キネカ大森の特徴を教えてください。

そうですね、数多くの映画館の中でも「上映している作品の幅」は一番広いんじゃないかな、と思っています。たとえば、シネコンで上映するような“クレヨンしんちゃん”シリーズや“名探偵コナン”シリーズといった作品も上映する一方で、名画座2本立てでは、インディペンデント系の作品も上映しています。
本当にジャンルの幅が広いので、どんな方にも「観たい作品が見つかる劇場」なのではと思っています。

――シネコンとの差別化ポイントはどのようなものでしょうか?

いくつかありますが…一番わかりやすいのは「映画の前後でも映画に浸れる空間がある」点かなと思っています。ロビーには図書館とコラボした映画に関連した本があるなど、上映前にも後にも、別の角度から映画に触れられるようになっています。
シネコンはエントランスがすごく華やかで非日常的な演出がされていると思いますが、キネカ大森の場合は「映画の小屋」みたいな…ちょっと没入できる、落ち着いた空間というのが特徴だと思います。

――地域との連携については、どんな取り組みをされていますか?

大森駅が2026年に150周年を迎えるんです。そのタイミングで、1年前から「カウントダウン」的な形で何かコラボできたらいいなと思っています。
今は、大森駅の改札付近に「もぎりさん」の展示をさせていただき、片桐はいりさんのパネルもあります。駅と映画館とで一緒に地域を盛り上げられたらと思って、活動しています。

――他にも、地域のお店とのコラボもあるそうですね。

はい。近くのインド料理屋さん「マシャール」さんとコラボさせていただいています。インド映画を上映する際に、映画を観たお客様にクーポンを配り、そのクーポンを持って「マシャール」さんに行っていただくと食事がお得に楽しめるようになっています。
映画と食事、両方からインド文化を楽しんでもらうコンセプトで、すごく楽しい取り組みです。

――図書館との連携もユニークですね。

「まちライブラリー」という名前で、大森の図書館さんからお借りした映画関連の本を、ロビーに置いています。うちのTCGメンバーズカードか名画座キネカードを持っている方限定で、それらの本を借りられるサービスをしています。

――企画上映やトークイベントも積極的に行っているんですね。

そうですね。最近で言うと、インド映画の『バーフバリ』『RRR』(監督:S・S・ラージャマウリ)などでは「マサラ上映」を開催しました。町内で踊ってもOK、クラッカー鳴らしてもOK、叫んでもOKという…何でもアリの上映です(笑)。
前の支配人のときには「アジア全員映画特集」を開催していたと聞いています。今後、私も何か企画を考えて実施していけたらと思っています。

――監督の登壇イベントも多いですか?

そうですね、他の劇場に比べたら多いかもしれません。名画座でも、監督登壇のトークイベントをやっています。
最近は、『HAPPYEND』(監督:空音央)と『台風クラブ』(監督:相米慎二)を2本立てで上映したときに、空音央監督に「この2本を組み合わせた理由」を話していただくトークイベントを開催しました。

――2つのスクリーンの使い分けはどうされていますか?

迫力のあるアクション系の作品は、できるだけ大きなスクリーンで観てもらうことは意識しています。編成を組むときも、スクリーンごとの特徴を踏まえて行うようにしています。

――劇場の仕事のどんなところに面白さを感じますか?

これまでに3つの劇場で働いてきましたが、業務の内容自体は同じです。ただ、上映する作品が違えば客層も全然違っていて。だから同じ仕事をしていても、毎回違うことをしている感覚になります。
その劇場のお客様に合わせて、「どんな企画なら喜んでもらえるかな」とか、「どういうグッズなら手に取ってもらえるかな」と考えながら選定していくのは、すごく楽しいです。

――映画の編成に関しても、提案されているんですか?

はい。名画座の2本立てに関しては、「こういう作品を組み合わせたいです」と自分から提案することもあります。他の作品についても、こちらから希望を出させていただくことも季節やその時々のテーマに合わせて作品を選ぶようにしています。

――接客に関して、大切にしていることはありますか?

キネカ大森に来てからは、自然と私の方からお客様に話しかけることが多くなった気がします。有楽町や渋谷のときは、そこまで積極的に声をかけていなかったと思うんです。でも、キネカ大森は、劇場の雰囲気もあってか、スタッフとお客様の距離がすごく近いんです。映画を通してつながっている感覚があるというか。だから私も、無意識にそうなっているのかなと思います。

――常連のお客様も多いんですか?

多いですね。チケットを買われるときに「次はこういう作品を上映するので、よかったら来てくださいね」とお話ししたり、映画が終わったあとに「どうでしたか?」って聞いたりして、少しずつ仲良くさせていただいている感じです。

――印象に残っているお客様はいらっしゃいますか?

これはヒューマントラストシネマ有楽町で勤務していた時のことですが、ある常連のお客様が、毎回映画が終わったあとに最後まで残って、劇場を出る前に必ず大きな拍手をしてから出ていかれる方がいたんです。どの作品でも拍手されていたのですが、その拍手から「映画が本当に好きなんだな」「感動したんだな」っていうのが伝わってきて、私もすごく感動しました。

“映画文化を次の世代へ” 支配人としての願いと挑戦

――支配人になられてから、仕事に対する意識の変化はありましたか?

劇場を「自分がつくっていく」という意識が強くなりました。「この劇場の特色ってなんだろう」とか、「キネカ大森の存在をまだ知らない人に、どうやって知ってもらえるか」とか、そういうことをよく考えるようになりました。まず存在を知ってもらわないと、多くのお客様に来ていただくこともできないと思うので。キネカ大森は都内の中心部から少し離れた場所にあるので、「それでも行きたい」と思ってもらえるような劇場を目指して、どうすればいいかを日々考えています。

――支配人になると、数字の責任も大きいですよね。

そうですね…苦労しています(笑)。これまで営業社員として働いていた劇場でもないし、異動してからまだ1カ月ほどなので、まだまだ勉強中です。でも「どの作品にどのくらいお客様が来てくださるか」とか、「この劇場との相性はどうか」とか、そういう部分をすごく意識して見ています。

――支配人として一番嬉しかった瞬間はどんなときですか?

自分やスタッフが選んだ2本立てが満席になったり、「今回のラインナップすごくよかったよ!」とお客様に言ってもらえたりするのもすごく嬉しいのですが…、最近、スタッフから「ここで働くの楽しいです」と言ってもらえることがあって。それが、すごく嬉しかったです。

――今後、キネカ大森をどんな劇場にしていきたいですか?

まずは、もともと歴史のある劇場だと思うので、長年通ってくださっている常連のお客様が、これからもずっと映画を楽しんでいただけるような空間をつくっていきたいです。同時に、私自身が大学時代に映画を好きになった経験もあるので、若い世代の人たちに「映画を観るのは楽しいよ」と伝えていけるような劇場にしていきたいですね。「映画を観ること=文化」の感覚を、もっと広げていけたらいいなと思っています。

(取材:2025年6月)

Profile
キネカ大森支配人 植村ほとり
キネカ大森 支配人 大学卒業後、ヒューマントラストシネマ有楽町で9カ月、 その後渋谷で1年間勤務し、映画館業務全般を経験。2025年よりキネカ大森の支 配人。 観客とのコミュニケーションを大切にし、 ミニシアターの敷居を少しでも下げ、映画を通じて新しいカルチャーに出会える 場を提供している。

概要

キネカ大森

住所 

東京都品川区南大井 6-27-25 西友大森店 5F

Tel  

03-3762-6000 
※お電話が繋がらない場合は、お時間を置いてお掛け直しいただきますようお願いいたします。

Mail  

theatre_oomori@ttcg.jp

スクリーン

キネカ1  128席
キネカ2   68席
キネカ3   39席

駐車場

西友立体駐車場をご利用いただけます。
映画館をご利用のお客様は、有料券・株主優待券・ご招待券、いずれの場合も4時間分のサービス券をお渡しいたします。
チケットご購入時に駐車券をご提示下さい。

インタビュアー
井村哲郎

以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。

自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。