第5回

小倉昭和館再建レポート 「居場所」になれる映画館を目指して

小倉昭和館が建っていた土地(2022年11月撮影)

2022年8月に起きた、北九州・旦過(たんが)市場の大規模火災。この火事に巻き込まれる形で老舗映画館「小倉昭和館」が消失して1年を超えた日、ニュースサイトなどで、同館が再建後に掲げる看板の名称が決定したという記事が掲載された。新たな看板は、「昭和館」「小倉昭和館」「続昭和館」「昭和館〈3〉」という4候補から、ファンによる投票で「小倉昭和館」に決定した。投票された約1500票のうちの過半数を占めたという。2スクリーンあったことを示す「昭和館①②」と書かれた当時のネオン看板は、なんとか焼け残った姿で新たなロビーに展示されるそうだ。2023年12 月に再建することを目指して動き出した「小倉昭和館」。そもそも「親子3代続いた劇場を閉めようと思って舞い戻ってきた」と話していた現館主の樋口智巳(ひぐちともみ)さんは、なぜ、再建を決意したのか。今回は、再建を決めたきっかけと、その後の未来、「小倉昭和館」が紡ぐ続編について伺った。

毎日焼け跡に通い…辛さよりも強く感じた責任

「小倉昭和館」が火事で焼失した後も、館主の樋口さんは毎日、その焼け跡に通ったという。その理由を尋ねると、「そばにいないと劇場がかわいそうな気がした」という言葉が返ってきた。

「行かずにはいられなかったというか…更地になってからは気持ちも変わりましたが、劇場をひとりにするのはかわいそうな気がして。あんな姿を…瓦礫になった姿を晒すのはかわいそうな気がしたんです。ですが、更地になってしまったら、その時は、瓦礫になってでも残っていて欲しかったなと思いました」

そして樋口さんは、映画館が焼失した直後、すぐに行動を開始する。「シネマパスポート」の払い戻しだ。これは、コロナ禍で全国の映画館が休館した頃、緊急事態宣言が開けて、再び映画館で映画が観られるようになったら好きなだけ映画を見てほしいという気持ちで発行した。ところが、払い戻しをしたファンの中から、そのチケット代金をそのまま、「小倉昭和館」に寄付する人が続出し、樋口さんを驚かせた。

「当時、焼失した辛さよりも責任ということが先に立ちました。配給会社に対する責任、チケットを買ってくださっていた方々への責任、イベントのために大切な物をお借りしていた方々への責任…皆様一様に、小倉昭和館さんが火事を起こしたわけではないからとおっしゃってくださいましたが、誰が原因とかではなくて、やっぱり“申し訳ない”という思いが強かったですね。それですぐ、シネマパスポートと、その週末に開催予定だったイベントのチケットを払い戻そうと決めたんです。それは、例えお金がなくても、やらなければならないことだと思っていましたし、お客様に直接お詫びを申し上げたいという気持ちもありました。申し訳ありません、こんなことになってしまって申し訳ありませんって…」

海外からも届いた再建を求める“声”

「申し訳ない」という気持ちに占められていた樋口さんの心を動かしたのは、1万7000筆を超える署名だった。再建を望む有志が立ち上げた「小倉昭和館シネクラブサポート会」がわずか3カ月足らずのうちに集め、北九州市の市長に提出したという。

「(再建を決意する決め手の)一番は1万7000筆を超える署名です。皆さんが直接私に、再建してほしいとか、なくてはならないとたくさん言ってくださっていて、それを疑うわけではなかったですけれども、署名というのはその声が形になって目の前に示されたということ。これは本当にありがたかったですし、力強いご縁でした。短い期間でしたのに、九州だけではなく47都道府県、全ての県の方から声が届いたどころか、アメリカからもいただきました。それくらい、皆様が求めてくださっているんだということを実感できたんです」

その署名に動かされるように、最後の要である家主の不動産会社も再建を承諾。決意を固めた樋口さんを後押しするクラウドファンディングも早々に立ち上がった。

樋口さんが築いたご縁が力強い応援団に

国内最大級のクラウドファンディング「キャンプファイヤー」に立ち上がった「小倉昭和館」のページに、応援団長として登場したのは、北九州市出身で、俳優から文筆家、画家などマルチに活躍するリリー・フランキーさん。このご縁も、樋口さんが同館の焼失前に築いてきたものだ。

「リリーさんは、(小倉昭和館が)焼けた3日後くらいからこちらに来てくださっていました。早々に“再建するよ”って力強く言ってくださって、クラファンを提案してくださったのもリリーさんでした。最初、私はクラファンなんてできません、無理ですって伝えたんですけど、“大丈夫、やろう!”って」と樋口さん。

リリー・フランキーさんとのご縁のきっかけを尋ねると、「もう8年以上の仲らしいですよ、テレビで言っていましたけど(笑)」と笑う。何度も同館のイベントに登場してくれ、時には5時間も舞台上でトークを繰り広げてくれたこともあったそう。

「いろいろな方に登壇していただいたんですけど、リリーさんは5時間も喋ってくださって…しかも、来場者全員にサインをしてくださるんですよ。“なんでこんなに、ここのパンフレットの売り上げに貢献しなくちゃいけないんだ”なんて言いながら、全員にサインしてくださるんです。温かい、素晴らしい方です」

「私はめちゃくちゃ言われますけどね、いじられ放題(笑)」と笑いながら楽しそうに話す樋口さん。お客様を楽しませることだけを考えて、全力でイベントを立ち上げてきた樋口さんだからこそ、築けたご縁なのだと感じさせられる。 そんなリリー・フランキーさんがアンバサダーを務める「北九州国際映画祭」に合わせて再建できるよう、「小倉昭和館」は失意に浸る暇もないほどスピーディーに動き出した。

4月に行われた地鎮祭で親子3代の“くわ入れ”

2023年4月。ついに「小倉昭和館」が焼失した跡地で、新しい映画館を建てるための地鎮祭が行われた。地権者の不動産会社が建物を建て、同館はその建物と土地を借りる形で運営を再開するそうだ。地鎮祭には工事業者や旦過市場の関係者はもちろん、北九州市の武内和久市長など、そうそうたるメンバーが集まった。

当日のことを振り返って「感無量だった」と、樋口さんは口にする。印象的だったのは、式典の中で3名の代表者によって行われる「地鎮の儀」だ。家主である不動産会社の代表が「刈初の儀(かりぞめのぎ)」を行った後に登場した樋口さんは、くわを使って地面を掘り起こす「穿初の儀」(うがちぞめのぎ)で、元館主の父と息子を呼び込んだのだ。

地鎮祭で鍬入れする樋口さん一家

「ほかの皆さんは1人でされましたけど、私は親子3代でやらせてくださいと言って、父と息子を呼びました。報道してくださった記事の写真はほとんどこのシーンが使われていましたね。近頃では珍しい、ちゃんとした儀式だったって皆様に言っていただきました。地鎮祭というと、施工主がおもてなしをするので、私は紅白饅頭を50個ご用意したんです。そうしたら足りなくなってしまって(苦笑)。というのも、私はある思いがあってメディアの方々にもお配りしたんですね。そして皆様へ感謝を伝えたご挨拶の最後に、メディアの皆様にも感謝を伝えました。メディアの方々が私の姿を伝えてくださったからこそ、皆様が私の姿をわかってくださった。信用してくださったから、今があると思うんです。これからも見守ってほしいとお話しさせていただきました」

そしてその日の夜、樋口さんは協力してくれる人たちと共に、キックオフの会を開いたという。

「あの時点で、私はなんとなく危機感があったんですね。クラファンが浸透しきっていないというか…そこでどうしたら良いかなと思って、この街で強力な協力者になってくれる方は誰だ?と考えたりして…若いデザイナーの方や旦過市場の広報の方にも来ていただいたり、オンラインで参加される方もいたりして。これからどういう風に進めていくか、これからの小倉昭和館のことを話しながら食事をしました。だから、この4月12日という日は、私にとっても大きな一日でした」

その甲斐あって、同月の末ごろにはクラウドファンディングの目標額を超え、現時点で4000万円を超える資金が集まっている。目標額を超えた支援は、パブリックスペースとして開放予定の、ロビー設備を充実させることに使われると発表された。

映画を観ない人の居場所にもなれる“皆様の映画館”に

再開する小倉昭和館はどんな映画館になるのだろうか? 昔の姿を再現するのか、全く新しい物語を始めるのか、樋口さんに尋ねると、「新しい小倉昭和館です」と力強い答えが返ってきた。

「座席数は134席、1スクリーンになります。舞台も広くなったので、もっといろいろな使い方ができるようになりますね。そして入口の場所を変えて、ロビーに十分な広さのパブリックスペースを設けます。それは映画を観ない方でも入ってこられる場所。居場所としての映画館…この街の居場所になりたいと思っています。

2023年12 月13日(水)からスタートする「北九州国際映画祭」に合わせての営業再開で、スケジュール的にはかなりタイトなのだが、樋口さんはその前にプレオープンイベントをやりたいと楽しげに意気込む。

「映画祭に合わせなければ、もう少しゆっくりできるんですけど(笑)、リリーさんがアンバサダーをやられていますし、やはり営業再開するならそこだと。でもプレオープンのイベントはやりたいなと思っているんです。上映1回目の作品はやっぱり、自分で選びたいと思って。もうファンの皆さんは、その話題で持ちきりなんですよ。1回目何やる?何やる?って(笑)」

話を聞くと、以前の「小倉昭和館」と違い、再建後は封切り作品も上映するという。少し意外に思ってその真意を尋ねてみると、樋口さんらしい答えが返ってきた。

「次の映画館では従来の2本立て上映もやりますが、封切りもやりたいと思っています。それは、北九州までなかなか入ってこない映画、ミニシアター系の上質な映画をどんどん皆様に観ていただきたいと思っているんです」

ますます樋口さんの企画力にも拍車がかかり、「行けば何か楽しそうなことをやっている映画館」というワクワクするようなイメージもさらにパワーアップしそうだ。

「私はもともと、70年以上続いた(当時)この劇場を閉めようと思って博多から地元に帰ってきました。ですが、これからは、ゼロからの再出発です。皆様に作っていただく、皆様の映画館にしたい。そういう思いで、やっていきたいと思っています」

再建に向けて無我夢中に突き進んだ一年を乗り越え、多くの人から届いた力を最大限に活かすように力強く前を向く樋口さん。きっと新しく始まる「小倉昭和館」は、「お客様を楽しませたい!」という純度の高い思いから生まれる樋口さんの企画力をフルパワーで発揮できるステージになるに違いない。遠征してでも訪れてみたいと思わせる、希少な映画館になるのではないだろうか。一体、どんなお楽しみを用意してくれるのか、プレオープンイベントが今から楽しみだ。