今回のミニシアター探訪は、東京都北区のシネマ・チュプキ・タバタ。JR山手線・京浜東北線の田端駅北口から徒歩7分。池袋と上野の間には映画館が一館もない、という立地である。田端という地名から、私は勝手に昔ながらの商店街を思い浮かべていた。ところが北口の改札を出てみると、目の前を大きな幹線道路が走っている。車がひっきりなしに通り、想像していた商店街などどこにもない。少し当てが外れた気分で、劇場への道を歩き出した。
駅前の通りを進み、長い下り坂を降りて、ガードをくぐる。信号を渡ったところで、様子が変わった。「田端駅下仲通り商興会」。お弁当屋があり、コインランドリーがあり、その先に業務スーパーの看板が見えてくる。想像していたのとは違う場所からではあったが、ちゃんと商店街があったのだ。シネマ・チュプキ・タバタは、その業務スーパーの一つ手前のビルの1階にある。
シネマ・チュプキ・タバタは日本で珍しい「ユニバーサルシアター」でもある。目の見えない人も、耳の聞こえない人も、車いすの人も、小さな子ども連れの人も、誰もが同じ回を一緒に観られる映画館。全席にイヤホンジャックが備えられ、上映するすべての作品に音声ガイドと日本語字幕がつく。開館は2016年9月1日で、この9月にちょうど10周年を迎える。
映画館の設備の話から入ってもよかったのだが、この映画館については成り立ちを聞かないとその意味が伝わらない。代表の平塚千穂子さんに、じっくり話を伺った。
「チュプキ」はアイヌ語だった
まずは名前である。田端はわかるが、チュプキとは何だろう。
平塚さんはまず「月」を意味する言葉を探したそうだ。映画とは暗闇の中で光を見るものだから、という理由である。英語以外の言語を調べてもピンとこず、ふとアイヌ語ではどう言うのだろうと思って出てきたのが「チュプキ」だった。しかもこの言葉、月だけを指すのではない。太陽も、星も、自然界で光っているものすべてを表すという。
言語すら失われかけたマイノリティの民族の言葉に光を当てることが、この映画館のコンセプトに合うと考えたのだそうだ。名は体を表すとはこのことだ、と取材を終えた今なら思う。

一本の「クレイジーな企画」から始まった
平塚代表はもともと早稲田松竹に勤めていた。人生に挫折を覚えていた時期に映画で気持ちを救われた経験があり、人に笑顔になってもらえる仕事をしたいと26、7歳でアルバイトを始めたのだという。
人と映画でつながりたいとネットで探すうち、自主映画の監督が主宰する「クレイジーな夢を持った人しか集まれない」というコミュニティに参加する。そこで持ち上がったのが、チャップリンの『街の灯』を目の見えない人と一緒に観る上映会という企画だった。サイレント映画だから耳の聞こえない人と観てもクレイジーではない、目の見えない人と観てこそクレイジーだ、という理屈である。
しかし平塚代表は、そこで立ち止まった。視覚に障害のある人との接点がまったくなかったからだ。見えない人に映画の話をすること自体、失礼なのではないか、タブーなのではないか。
まず当事者に喜ばれるのかを確かめようと、見えない人たちの朗読劇のグループを訪ねた。怒られるかもしれないとドキドキしながら行ったそうだ。返ってきた答えは、まったく逆だった。ぜひやってほしい、と。副音声のような解説を言葉でやってくれれば映画はもっと楽しめる。そういうものをずっと望んでいた——そう言われたという。タブーだと思い込んでいたのは、こちら側だけだったわけだ。
企画自体は頓挫したが、知り合った人たちから、セリフも音もついている普通の映画に言葉の解説をつける活動を続けてほしいと請われる。こうして2001年、『街の灯』の原題を冠した団体「シティ・ライツ」が立ち上がる。この企画が、その後のすべてを決めたきっかけだった。

「自分たちがやりやすい映画館をつくった方が早い」
その「言葉の解説」が、いま音声ガイドと呼ばれているものである。セリフにかからないタイミングを狙って、場面転換や人物の表情を言葉で差し込む。脚本のト書きのようなものだ。
台本をつくってから音声ガイド付き上映を行う、という当初のプランに対し、当事者の要望は「それでは遅い」というものだった。台本なんてつくらなくていいから隣に座って解説しながら観てくれ、と。そう言われて始まったペア鑑賞は、数が増えると周りの迷惑になって行き詰まる。次に考えたのが、解説者が映写室からライブでガイドを送り、視覚障害者がFMラジオのイヤホンで聞く方式だった。これが人気を博し、一回の上映に200人が集まったこともあるという。15年にわたる活動の地道さに、ただ頭が下がる。
しかし続けるほどに壁も見えてきた。上映スケジュールは週単位で変わり、ガイドヘルパーの手配が必要な団体鑑賞とは相性が悪い。一市民団体には映像資料が出ないため事前に情報把握することができず、劇場に通って頭にメモし、ライブで解説するしかなかった。自分たちが映画館になれば、配給会社のパートナーとして資料も出してもらえるかもしれない。
「これは私たちがやりやすい映画館をつくっちゃった方が早いね」
こうして夢を描き始めたのが2008年ごろ。すぐにはつくれないので、年に一回「バリアフリー映画祭」を開き、理想とする“夢の映画館”を体験してもらいながら募金を集めた。いわば夢貯金である。これを第7回まで続けたところで、このまま夢を語り続けるのだろうかと考え、動き始めたのが2014年。7年間夢のために行動していること、夢を語り続けることに慣れてしまう前に踏み出せたことが、平塚代表の凄いところだと思う。
もっとも、映画館は思ったようにはつくれなかった。天井高のある物件さえ借りれば始められると思っていたところ、保健所が来た。不特定多数が集まって映画を観るのは興行場法に該当し、しかも最初の物件は住宅地域で、そもそもアウト。抵触しない形にするには、と尋ねて返ってきた答えは、月に4回まで。それでは収益は成り立たない。その物件を借りられなくなったのを機に探して見つけたのが、この田端の場所である。
視覚障害だけではない、と気づいた設計段階
15年間、見えない人たちと活動してきた団体である。だが平塚代表はここで、もう一歩広く考えた。映画館なんて一生に一度しかつくれないだろうから、映画鑑賞に困っている人がいるなら全員が安心して観られる場所にしよう。
そこから始まった設計段階のリサーチが面白い。耳の不自由な人に聞くと、字幕があるので洋画は観ているが日本映画がまったく観られていない。車いすの人は、大きな劇場だと車いすスペースが前方にあって見づらいから使っていない。子育て中の母親に聞けば、公共ホールにあるガラス張りの個室——親子鑑賞室が挙がった。そういえば映画館では見たことがない、と。じゃあそれをつくろう、という話になる。設備ありきではなく、困っている人に聞いて回った結果として設備が決まっていったのである。この順番が、他の映画館とは決定的に違う。
現在のところ、日本唯一のユニバーサルシアターなのだ。未対応作品の音声ガイドも、インディーズやドキュメンタリーの字幕も、館内で制作している。20席の映画館がやっていることとして、これは驚異的である。
親子鑑賞室が、想像を超えた使われ方をしている。コロナ禍には、喘息のある人が、少し咳をすると白い目で見られるからこの部屋で観せてほしいと言ってきた。どうしてもオンライン会議に出席しなければならないので会議をしながら観ていいか、という人もいたそうだ。誰かのためにつくった部屋が、想定していなかった誰かを受け止めていく。この映画館の縮図のような設備だ。

コンセプトは「障害者のいない映画館」
あらためてコンセプトを聞いた。返ってきた言葉が、この映画館のすべてだと思う。
「映画自体は誰も排除していないので、それをツールがないとか環境が整っていないとかで排除される人がいない映画館。だから、障害者がいない映画館というコンセプトなんですよ」

障害はその人個人にあるのではなく社会がつくるものだ、と平塚代表は言う。身体にどんな障害があっても、この空間に来れば自分が障害者であることを忘れられる。そういう映画館を目指しているのだそうだ。
これは言葉遊びではない。シネマ・チュプキ・タバタには障害者割引がない。代わりに、歩行介助を受けている人が介助者のチケット代まで負担しなければならない現状に対して、介助者を無料としている。属性ではなく、その人が実際に直面している困りごとに対して制度を設計しているわけだ。
音声ガイドや字幕のアプリはだいぶ普及した。だが券売機はタッチパネルで、案内係は誰もいない。迷惑をかけるのではないかという心配で、シネコンには一人で行けない人が多いという。シネマ・チュプキ・タバタには、田端駅までスタッフが迎えに行くサービスがある。設備よりも、これが一番のバリアフリーなのかもしれないと感じた。

音は、見えない人にとって命である
シネマ・チュプキ・タバタは音にこだわりがある、と事前に聞いていた。その理由も15年の活動から来ていた。見えない人にとって、映画は音が命になる。だから音のいい映画館にしたいというのは最初から決めていたそうだ。
ただ、どういう設備を整えればいいかはわからない。あちこちで聞いて回るうち、アップリンク主催の「『未来の映画館を作る』ワークショップ」での縁から、音響監督の岩浪美和さんを紹介される。立川シネマシティの「極上爆音上映」を手がけた人でもある。
観客が音への繊細な要望を持てていないことを憂えていた岩浪さんに、視覚障害のある客はとても音を大事に聴くという話が届く。そういう客のためなら一肌脱がせてくれ——そう言って、映画館まるごとの音響設計という、それまでやったことのない仕事を引き受けたのだそうだ。11.1チャンネルのスピーカーが空間を包み込む音響である。出来上がってみると、一般の客が聴きに来て音がいいと評判になった。そして平塚代表は、これこそがユニバーサルデザインだと言った。
「見えないお客様のためを思ってつくったデザインが、結果としてみんなの鑑賞体験を底上げすることになる」
バリアフリーというと一部の人のための特別対応と受け取られがちだが、ここで起きているのは逆である。少数の要求に本気で応えた結果、全員にとって良いものが出来上がっている。
1スクリーンで、ドラえもんからドキュメンタリーまで
直近のラインナップを見ても、『ドラえもん』があり『ゴールデンカムイ』があり、日本のインディペンデント作品があり、洋画のミニシアター系もある。1スクリーンでこの振り幅はなかなかない。
大作をかける理由のひとつが、字幕付き上映だという。聴覚障害のある観客にとって、字幕付き上映を観る機会は極めて限定されている。話題作となった『国宝』も、他の映画館では字幕付きは平日の朝のみ上映といった具合で、平日仕事の人は都合がつきにくいが、チュプキでは平日夜や休日に鑑賞できる。チュプキが常時字幕付き上映を行っていることの重みが、この話で腑に落ちた。

客席で友達ができる映画館
10年の中で印象に残っている出来事を尋ねると、平塚代表が挙げたのはお客様同士の交流の話だった。ユニバーサルシアターと知らずに来たお客様の隣に、たまたま盲導犬ユーザーが座る。そこで、盲導犬が本当に静かにしていて吠えないことを、教わるのではなく自然に知る。そして映画のあと、よかったですね、という話から友達になり、その日は一緒に帰った。それ以降、いつも駅までの誘導を頼んでいた視覚障害のある客が、今度はその友人と来ることになったので誘導は要りません、と言ってきたのだという。
映画館が福祉サービスを提供するのではなく、映画館に来た人同士の関係がサービスを不要にしていく。これがユニバーサルシアターの到達点なのだと思う。障害のある観客は平均すると全体の2、3割だという。かなり高い比率である。
自然に帰る場所
最後に、平塚代表にとって映画館とはどういうところか、と尋ねた。少し考えてから、こう答えてくれた。
「日常から離れて、自分を取り戻せる場所」
いい言葉である。そしてこのユニバーサルシアターについては、さらに「自然に帰る場所」というつもりでいるのだと続けた。内装は森の中をイメージしている。自然界では多様な生き物が共生しているのが当たり前なのに、人間界は画一的に作られた社会だから、マジョリティとマイノリティで生き方まで変わってしまう。誰もがありのままにいられる場所を、自然に倣ってつくる。だからここは自然に帰れる場所なのだ。

暗闇の中で光を見る場所。自然界で光るものすべてを指すアイヌ語。森をイメージした内装。すべてが一本の線でつながっていた。これからも大切にしていきたいものは何か。最後の質問への答えが、また良かった。
「面白がるっていうことですかね。何でも」
人はみんな違っていて、その違いをジャッジすると争いが起こる。けれど「そんなに違うんだ」と面白がれたら平和ではないか、と平塚さんは言う。障害のある人のサポートも、面倒だと思ったら難しい大変な仕事になる。面白がる気持ちがあると、やり続けることができる。15年かけて映画館をつくり、10年続けてきた人の言葉である。だが取材中の平塚代表は、終始とても楽しそうだった。
20席の映画館である。設備の規模はシネコンにかなわない。だが、誰かのためにつくった仕組みが結果として全員のためになっている場所は、ここ以外に知らない。素晴らしい映画館だ。9月1日に迎える10周年を、心から祝いたい。
CINEMA Chupki TABATA
概要
住所 〒114-0013 東京都北区東田端2-8-4 マウントサイドTABATA
TEL/FAX 03-6240-8480
アクセス JR山手線・京浜東北線「田端駅」北口から徒歩7分
営業時間 10:00〜21:00(水曜定休。上映スケジュールにより変動)
座席 20席(車いすスペースあり/最後列は脚付き座椅子タイプ)
その他 完全防音の親子鑑賞室、全席にイヤホンジャック(音声ガイド・音声増幅対応)、常時日本語字幕付き上映
劇場設備 映写設備 NEC NC1000C デジタル上映
スクリーンサイズ 120インチ(16:9)ホワイトスクリーン
音響設備 7.1.4chドルビーアトモス/DTS:X対応(11.1チャンネルスピーカー搭載)
鑑賞料金
(2026年7月改定)
一般(60歳未満)1,800円
シニア(60歳以上)1,400円
学生・22歳以下 1,000円
中学生以下 500円
未就学児無料
介助者無料
チュプキサポーター会員 一般1,600円、シニア1,200円
※障害者割引は設けず、介助者無料制度と、障害を理由に就業や経済面で困難がある方への1,000円制度で対応
公式
Instagram https://www.instagram.com/cinema.chupki/