ミニシアターには、シネコンにはない独特の個性がある。館主や支配人の映画愛がシアター内に垣間見えるのはもちろんのこと、お客さまとも距離が近く、独自のサービスを行うところもある。ミニシアターとシネコンの相互作用で映画文化が成り立っているといえる。そんなミニシアターの魅力を一人でも多くの人にお届けていきたい。(ジーンシアター代表 井村哲郎)
ミニシアターの殿堂を感じる映画館
「テアトル新宿」。そのクラシカルな響きはミニシアターの殿堂を感じさせる。もちろん私も、これまで何度もテアトル新宿で映画を観ている。新宿駅から靖国通り沿いに歩くと新宿ピカデリーがあり、ハリウッド作品や邦画のメジャー系作品のポスターを横目で見ながら少し歩くと、レトロな立て看板が見えてくる。
入り口に着くと個性的な邦画のポスターが並んでいる。そして“テアトル新宿”と書かれた絨毯を通り階段を降りていく。階段を降りていくとエントランス・ロビーを見下ろせる。赤い絨毯が非日常感を醸し出してくれる。「あー、映画館に来たな」と思わせてくれ、ワクワク感が湧き上がってくる。
シネコン慣れしている人はエスカレーターやエレベーターを降りるとエントランス・ロビーがあるので、エントランス・ロビーを見下ろすという経験はあまりないのではないだろうか。テアトル新宿の「エントランス・ロビーを見下ろす体験」もこの映画館の魅力の一つだと思う。
映像クリエーターと観客を繋ぐ邦画専門館
多田支配人に取材し、テアトル新宿の魅力を聞いてみた。テアトル新宿は1957年にオープンし、名画座として開館。名画座というのはロードショー公開された作品を少し時期が経ってから上映する映画館であり、2番館とも呼ばれていた。テアトル新宿も、当時は2番館として邦画も洋画も上映していた。
しかし1988年にミニシアターへとリニューアルを行う。1987年あたりからミニシアターがブームになってきていたが、『蜘蛛女のキス』や『薔薇の名前』など洋画が中心であった。しかしテアトル新宿はミニシアター化するにあたって日本映画だけを専門に上映することに決めたのだそうだ。それ以来、洋画を一切上映していないとのこと。これはすごいことだと思う。
今でこそ良質なミニシアター系の日本映画はたくさんあるが、1989年から1990年代初頭にヒットした作品の殆どが『ニュー・シネマ・パラダイス』『ポンヌフの恋人』『髪結いの亭主』など洋画だったと記憶している。その中でブレずに日本映画を上映し続けるテアトル新宿はやはりすごい。最近ではインド映画やアジア映画もファンを獲得して上映するミニシアターもあるが、それでもテアトル新宿は日本映画だけの上映にこだわっているのだ。
そして「映像クリエーターと観客を結び付けること」もテアトル新宿は大切にしている。日本の映画監督もテアトル新宿で上映することが目標になっている人が多いだろう。テアトル新宿はそういう映画監督をインキュベートする意識は常に持っていて、監督たちの登竜門でありたいと思っている、とのこと。
そんな新しい監督たちの英気あふれる作品を観客が観て、作品や監督を好きになってもらう場を提供する。私はテアトル新宿での監督や出演者の映画上映後のトークイベントを見たことがあるが、しっかりと時間をとって、深い話をしていたことが印象に残っている。多田支配人も「サイン会やトークイベントなどで、映像クリエーターと観客がコミュニケーションを取れる場は大事にしていきたい」と話していた。
テアトル新宿用に設計された音響設備「odessa」
テアトル新宿は音響設備「odessa」を導入している。これはテアトル新宿用に設計された音響設備だそうだ。私も映画館は大きなスクリーンはもちろんのこと、音響が映画の臨場感を上げるのに欠かせないものと思っている。できるだけいい音で観ることで、映画への没入感が変わってくる。「odessa」は作品によっては監督に映画公開前に来てもらい、監督が劇場で実際に音を聞いて、どんな音にするのがベストなのかを相談しているそうだ。これは映画監督としては嬉しいことに違いない。
「弁セレ」を毎年上映
田辺弁慶映画祭で前年に受賞した作品4作品をテアトル新宿で上映するイベントは、ミニシアターファンの間では「弁セレ(田辺弁慶セレクション)」として夏の風物詩になっている。これは田辺弁慶映画祭の第1回目から開催しているらしい。映画祭で受賞した作品が後日映画館で上映、しかも「218席のテアトル新宿で、夜時間帯で約1ヶ月間」はすごい。多田支配人も「弁セレは年々お客様が増えてきて、嬉しい限りです。長く地道にやってきたことが浸透してきたと感じますね」と話している。
テアトル新宿では日プロ大賞(日本プロフェッショナル大賞)の授賞式を毎年行っている。日プロ対象は通常の映画賞とは違い、プロデューサー、映画監督、脚本家、新聞記者、映画評論家、映画ジャーナリスト、ミニシアター支配人、映画宣伝担当者ら“映画のプロ”31人の選考委員の投票と、実行委員会の独自の判断(引用:https://nichipro-award.com/)で行う、ユニークな映画賞である。
オールナイト、席数、コンセッション
テアトル新宿は月に一度、テーマを決めてオールナイト上映をしているそうだ。オールナイト上映、懐かしい響き。コンビニやファミレスでは24時間営業を行わない店も出てきて、コロナ禍で夜の遊びが減った感覚を持っていたので、オールナイト上映という話を聞いた時に懐かしさを覚えた。新宿という土地柄、オールナイト上映はしっくりくる。
テアトル新宿の席数は218席。これは都内のミニシアターで最大の席数ではないが、インディーズ系の監督にとって218という席数は少し躊躇する数字かもしれない。いや、満席にしてやるぞという意識の監督の方が多いか。
ミニシアターはコンセッション(飲食や物販)も楽しみの一つ。テアトル新宿はホットドッグがメニューにあるので、早速注文。出来立て感があり、good!!
そしてテーマに合わせたオリジナルドリンクを販売しているというので、これも注文。取材日が『大いなる不在』という映画を公開しており、ドリンクのキャッチコピーが「記憶をたどるほろ苦ジンジャー」であった。確かに少し苦味があるが美味しい大人テイストのジンシャーエールだった。このように映画館主導で映画に関連づけた飲食を提供できるのも、ミニシアターならではである。
テアトル新宿では、赤い絨毯と制服のスタッフが醸し出すトラディショナルな雰囲気の中美味しい飲食を楽しみながら、良い音響と大きなスクリーンで良質な日本映画に没入できとても居心地の良い映画館だ。
テアトル新宿概要
〒160-0022 東京都新宿区新宿3丁目14−20 新宿テアトルビル B1
03-3352-1846 ※営業時間外、混雑時はテープでのご案内となります。
施設
席数 218席
スクリーンサイズ(m):VV 7.2×3.9 / CS 9.3×3.9
音響:7.1ch
音響システム:odessa