ミニシアター探訪

第4回 シネマ・ジャック&ベティ

今回のミニシアター探訪は横浜の「シネマ・ジャック&ベティ」。2023年の暮れから2024年1月末まで、クラウドファンディングで支援を募ったことが話題となった。横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバルの開催場所にもなっており、以前から注目していて、この連載で訪れることにした。

ドラマティックな歴史

シネマ・ジャック&ベティは3つの駅が利用できる。京急本線黄金町駅、横浜市営地下鉄阪東橋駅、そしてJR関内駅。徒歩時間が一番短い京急本線黄金町駅からアクセスしてみた。私にとっては、黄金町は初めて降りる駅である。
少し歩くと映画館が見えてきた。1階のチケット売り場らしきところに近づくと新聞紙でできた人形がいて(しかも顔半分がないところがホラー感あり)「チケットは2階です」との張り紙が。この遊び的な仕掛け、いいな。シネコンではなかなか見られない。エレベーターは、ライトが当たって金色に輝いている。丸い看板と一緒に写真をとるとなんとも素敵な写真が撮れた。

梶原支配人にシネマ・ジャック&ベティの歴史を聞いてみた。1952年に横浜名画座としてオープン。その当時は横浜日劇が隣接していて、映画館も周りに多くあったとのこと。横浜日劇も横浜名画座も中央興業が経営していた。
1991年に横浜名画座を建て直し、2スクリーンにして「ジャック」と「ベティ」と命名したそうだ。
しかし中央興業が解体したため、2005年に一旦シネマ・ジャック&ベティは閉館となる。横浜日劇と比べ、シネマ・ジャック&ベティは比較的設備が新しかったので、他の資本が経営した。
梶原さんは2006年頃から黄金町の街づくり「黄金町プロジェクト」に携わるようになり、街として映画館を応援することは街の活性化につながるということで、ボランティアでシネマ・ジャック&ベティの運営を手伝っていた。

梶原支配人

ちょうどその頃、経営していた会社は映画館以外にも事業を展開しており、映画館を手放すことを決意して引き継ぎ先を探していた。その時に梶原さんがボランティアをしていた団体に引き継ぎの打診があった。
梶原さんは「ここで引き受けないとシネマ・ジャック&ベティがなくなってしまう」と考え、2007年3月からその団体でシネマ・ジャック&ベティを経営することになった。
なるほど、映画館の時代の流れと梶原さんたちの情熱がマッチングしたため、シネマ・ジャック&ベティが現在あるのだ、と理解できた。
ちなみに黄金町はよく映画の舞台になっている街だそうだ。林海象監督の「私立探偵 濱マイク」シリーズ『我が人生最悪の時』や黒澤明監督の『天国と地獄』でも舞台となっており、シネマ・ジャック&ベティが存続することでこの街から映画の灯を消さない、というモチベーションにもつながったのだろう。

「ジャック」と「ベティ」の特徴

1991年にジャックとベティの2スクリーン体制にしてシネマ・ジャック&ベティとして生まれ変わった。当時も今もスクリーンに名前をつけるのは珍しいのではと思う。命名の由来と、「ジャック」と「ベティ」の違いを聞いてみた。
梶原支配人に伺うと、昔の英語の教科書が「JACK AND BETTY(ジャック・アンド・ベティ)」というタイトルでありそこから取ったと聞いていますのこと。1991年当時、ジャックでは西部劇やチャンバラなど、どちらかというと男性が好みそうな映画を上映しており、内装も横壁が角張っていて、椅子の色はブルーグレイ。一方でベティではロマンスものなどを上映し、内装は横壁が丸みを帯びた曲線で、椅子の色はレッド。

ジャック
ベティ

こうなると、観劇方法も変わってくる。「男女のカップルでシネマ・ジャック&ベティにきたら、二人で同じ映画を観てもよし、男性はジャックで女性はベティで別の映画を観て、そのあとは横浜でデートもできるようなライフスタイルを提案していたようです」と梶原支配人は語る。今はダイバーシティの感覚があり、性別で上映内容を分けることはない。梶原支配人が映画館を引き継いだ2007年にもすでにそのような区別はなくチャンバラ映画もロマンス映画も双方のスクリーンで上映されていたそうだ。
機器としては、ベティに先にデジタル映写機が入り、ジャックがフィルムのままだったので、2007年当時はジャックが旧作や特集上映、ベティが新作の上映をしていたそうだ。現在はジャックにもデジタル映写機が入り、二つのスクリーンで上映する映画はほとんど差がないようである。

コンセプトは意義ある作品を上映

梶原支配人にシネマ・ジャック&ベティのコンセプトを聞いてみた。

「シネコンなどではかからないけれど意義のある作品を上映していきたい」とのこと。まさしくミニシターの王道ともいうべきコンセプトだ。ミニシアターに行くと、ところ変われども映画愛に溢れている光景を目にする。空気感というか、匂いとでもいうのか、ミニシアター独特の雰囲気がある。ミニシターには整然としたところもあれば、雑多な感じがするところもある。シネマ・ジャック&ベティは雑多な感じがするミニシアターだ。「え、ここにこれがあるの」と感じるさまざまな発見があり、おそらく効率や機能性に走らずいろいろなサービスや頼まれた映画のチラシなどをどんどん追加していった結果であろう。常連さんにとってはこの雑多な感じも居心地のよさなのだろう。

映画の選定についても聞いてみた。ジャンルを設けず、ドラマやドキュメンタリー、ヨーロッパやアジア映画・日本映画など幅広く選定しているとのこと。梶原支配人が「映画のセレクトショップ」と称したキーワードがとても印象的であった。また、「訪れたお客様に映画の感想や満足度を聞いて、次の作品選びの参考にする」ことも。アンケートや観客動員からの分析も大事だが、目の前のお客様の声を直接聞くのはとても大切なことで、私も日々実感していることであり、いたく共感した。

若松孝二監督の『キャタピラー』は連日満員

印象に残った上映を聞くと若松孝二監督の『キャタピラー』(2010年公開)とのこと。若松孝二監督は映画館、特にミニシアター愛が強い監督で有名だが、若松監督からシネマ・ジャック&ベティに直接電話が入り、上映することになった。『キャタピラー』は主演の寺島しのぶさんが第60回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞に輝いた作品で、なぜか若松監督から直接連絡をいただいたそうだ。作品を見て「是非上映させてください」ということになり、終戦の日にあわせて上映すると連日満席。しかも寺島しのぶさんや若松孝二監督も舞台挨拶に来てくれて観客に大いに喜んでいただけて、梶原支配人にとって思い出深い作品となったようである。さらに面白い話を聞いた。美空ひばりさんの映画を上映している時は、ひばりさんの歌声に合わせて観客が口ずさんでいたというのだ。想像すると、楽しそうな観客の皆さんの風景が浮かんでくる。

若松孝二監督の『キャタピラー』初日の風景

コロナ禍で大打撃

2020年3月後半、コロナ禍による緊急事態宣言で、映画館は一斉に休業することになった。もちろんシネマ・ジャック&ベティも休業する。この休業は経営に大打撃となった。さらに1991年の創業から30年経ち、さまざまな設備を改修しなくてはならなくなり、梶原支配人はシネマ・ジャック&ベティの存続をかけてクラウドファンディングに挑戦する。
その結果、約4,300万円もの資金が集まり、究極の危機を脱することができたそうだ。シネマ・ジャック&ベティが愛されていることの証だろう。
2020年代に入り、ミニシアターが閉館していくニュースを聞くことが珍しくなくなった。そんな中、果敢にクラウドファンディングに挑戦して資金を集めたシネマ・ジャック&ベティの情熱にはあたまが下がる。

コンセッションに瓶のコーラ

観客席以外にもいろいろと館内を見て歩いた。私はミニシアターのコンセッションが好きだ。コンセッションを覗くとなんと瓶のコーラを販売していた。今はベットボトルが主流で缶コーラさえあまり見かけなくなった。それが瓶のコーラとは。しかしこの瓶のコーラ、売れ行きがいいそうだ。ペットボトルの500mlは飲みきれないという人もおり、瓶コーラの190mlという量はちょうどよいようである。さらにインスタ映えするらしく、それもあって売れているとのこと。

ポップコーンは江ノ島や横浜の店から仕入れ、ナッツは石川町の店から、そしてパンはシネマ・ジャック&ベティ近くのパン屋さん「かめや」から仕入れているとのこと。なんだ、すごくこだわっているじゃないか。

この日、私はジャックで『時々、私は考える』という映画を観た。そこで瓶コーラを撮影。なかなか、昭和レトロな感じが良い。

シネマ・ジャック&ベティは、肩肘張らずに好きな映画を観ることができる、映画好きにとって居心地のよい映画館だと感じた。最後に梶原支配人に、シネマ・ジャック&ベティはどんな映画館であってほしいか聞いてみた。「横浜の街に貢献していきたい。黄金町・伊勢佐木町にシネマ・ジャック&ベティがあってよかったと街の人に思ってもらいたい」とのこと。

こだわりを随所に感じさせてくれるミニシアター。いつまでもこの街で繁栄し続けてほしい。

シネマ・ジャック&ベティ概要

シネマ・ジャック&ベティは、横浜・若葉町にある2スクリーンのミニシアターです。「ジャック」と「ベティ」の2つのスクリーンがあり、単館系の新作ロードショーを中心に、監督・俳優特集、映画祭なども行います。

シネマ・ジャック&ベティ 
住所 神奈川県横浜市中区若葉町3-51
電話 045-243-9800
[アクセス]
◆京浜急行線 黄金町駅下車 徒歩5分
◆横浜市営地下鉄 阪東橋駅下車 徒歩7分
◆JR線 関内駅北口下車 徒歩15分
※阪東橋駅では改札にて劇場までの地図をお受け取りいただけます。
◆最寄りのバス停「横浜橋」
<市営バス>
 ・2系統(港南車庫前ーみなと赤十字病院)
 ・32系統(保土ケ谷車庫前ー日本大通り駅県庁前/関内駅北口)
 ・79系統(平和台折返場ー日本大通り駅県庁前/関内駅北口)  
 ・113系統(磯子車庫前ー桜木町駅前)
<相鉄バス> 
 ・旭4(美立橋ー桜木町駅)
<神奈中バス>
 ・戸03(戸塚駅東口ー県庁入口)  
 ・東06(東戸塚駅東口ー県庁入口)
 ・横43、横44(戸塚駅東口ー横浜駅東口)  
 ・港61(港南台駅ー横浜駅東口)
 ・船20(大船駅ー桜木町駅前)
◆ご鑑賞時の駐車場割引
 2018年6月30日(土)より、ご鑑賞時の駐車場割引をはじめます。
 ご観賞日当日のチケットを3,000円以上ご購入、前売券の場合は3,000円分を回指定チケットに引き換えで、指定パーキングの駐車サービス券を劇場窓口にてお渡しします。詳しくはこちらをクリック

[ジャック]
■席数:96席+車いす席1席(定員132名)
■スクリーン:5,8M×2,5M
■音響:ドルビーステレオSR、ドルビーサラウンド5.1(デジタルのみ)
■映写機材:映写機/デジタルシネマ用プロジェクター(2K)
■上映素材:DCP、35mm/16mmプリント
ブルーレイ、DVD、DV-CAM、DVC-PRO、HDV、mini-DV、VHS

[ベティ]
■席数:115席+車いす席1席(定員144名)
■スクリーン:5,8M×2,5M
■音響:ドルビーステレオSR/ドルビーステレオデジタルSRD対応、ドルビーサラウンド7.1(デジタルのみ)
■映写機材:映写機/デジタルシネマ用プロジェクター(2K)
■上映素材:DCP、35mm/16mmプリント、ブルーレイ、DVD、DV-CAM、DVC-PRO、HDV、mini-DV、VHS

劇場ホームページ https://www.jackandbetty.net/
X  https://x.com/cinemaJandB
Instagram  https://www.instagram.com/cinemajackandbetty/