今回のミニシアター探訪は、兵庫県尼崎市にある塚口サンサン劇場。
音響にこだわった上映やインド映画の熱狂など、独自の企画上映で知られる劇場だ。映画ファンの間では、ただ映画を観る場所というより「わざわざ行きたい映画館」として名前を聞くことが多い。そのせいか私にも「塚口サンサン劇場=音がすごい映画館」というイメージがあった。
では、その“音の劇場”は、どのように生まれたのか。そして、70年以上続くこの映画館は、なぜ今もお客さんを惹きつけているのか。こんなことを考えながら足を踏み入れた。
街の娯楽として始まった映画館
営業部の戸村文彦次長に話を伺った。
塚口サンサン劇場の歴史は古い。1953年に開業し、すでに70年以上の歴史を持つ。しかし、その始まりは最初から「映画館をやろう」という事業計画があったわけではないらしい。

戸村さんによると、塚口サンサン劇場の運営会社は建設会社だった。スタートは兵庫県の西脇市。戦後、戦災から復興していく中で、西脇市には繊維業があり、仕事を求めて若い人たちが集まってきたという。ところが、当時の西脇市には娯楽が少なかった。そこで地元の警察署長から、「若者のために娯楽施設をつくれないか」という話があった。街の役に立つなら、ということで最初につくられたのが、西脇市の映画館だった。
映画館は、最初から“文化施設”として構えたわけではなく、若い人たちが楽しめる場所として始まった。映画を観た人たちが楽しそうに、ニコニコしながら帰っていく。その姿を見て、映画館事業を本格的にスタートさせることになったという。
映画館の原点とは、もしかしたらこういうものなのかもしれない。大きな理念の前に、まず人がいる。映画を観て、笑って、驚いて、少し元気になって帰っていく人がいる。その姿を見て、「これは街に必要なものだ」と思う人がいる。
その後、神戸市の王子公園に西灘劇場をつくり、3つ目の映画館として塚口サンサン劇場ができた。かつては3館を運営していたが、現在残っているのが塚口サンサン劇場である。
ロードショー館から“ごった煮”の映画館へ
塚口サンサン劇場は、もともとは東映、東宝、松竹といったチェーンの作品を上映するロードショー館だった。
70年以上の歴史の中で、映画興行のスタイルは大きく変わってきた。ブロックブッキング、直営館、ロードショー、二番館、そしてシネコンの登場。映画館の生き方そのものが、時代ごとに変化してきた。
戸村さんが話してくれた中で印象的だったのは、1990年代以降の変化だ。
シネコンが登場し、従来の興行の仕組みが徐々に崩れていく。個人館、独立系の劇場は、独自性を出さなければ生き残れない状況になっていった。
さらに2010年前後には、フィルムからデジタルへの移行が起きる。
これは全国の映画館にとって大きな出来事だった。デジタル化しなければ映画が上映できなくなるから、対応せざるを得ない。ただ、デジタルになることで上映できる作品が増えるメリットも生まれた。
以降、塚口サンサン劇場はさまざまなジャンルの映画上映に取り組んできた。ロードショー館でありながら、二番館でもあり、名画座的でもあり、ミニシアター的でもある。
戸村さんはそれを「ごった煮」と表現していた。この「ごった煮」という言葉が、塚口サンサン劇場にはとてもよく似合う。大作もやる。インド映画もやる。昔の映画もやる。アニメもやる。ミニシアター系もやる。音響上映もやる。イベント上映もやる。ひとつの看板に収まらないからこそ、映画館としての懐が深い。

マサラ上映と、劇場が熱を帯びる瞬間
塚口サンサン劇場の名前を映画ファンに広げた出来事のひとつに、マサラ上映がある。
マサラ上映とは、インド映画などで観客がクラッカーを鳴らしたり、紙吹雪を撒いたり、声を出したりして楽しむ参加型上映のことだ。今でこそ映画ファンにはよく知られる上映スタイルだが、2013年頃はまだ珍しさがあった。
戸村さんによると、大阪では以前からインド映画ファンの有志が、映画館以外のホールなどで不定期にマサラ上映を行っていたという。そこに『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(監督:ファラー・カーン)が公開され、「これはマサラ上映向きだ」ということで、同作品は関西のさまざまな劇場で盛り上がっていった。塚口サンサン劇場は、その流れを見て「うちでもやってみよう」と始めた。つまり、塚口サンサン劇場が元祖なのではなく、関西にもともとあったファン文化を受け止め、映画館の中でさらに広げていったのだ。
ここが映画館の面白いところだ。映画館はただ作品を流す場所ではない。観客の熱を受け止め、その熱を増幅させる場所でもある。マサラ上映のような企画は、劇場と観客が一緒に場をつくる。スクリーンの向こう側だけでなく、客席側も“映画の一部”となる。
“音”で映画が変わることを知った
そして、塚口サンサン劇場を語るうえで欠かせないのが音響である。きっかけのひとつは『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(監督:ジョージ・ミラー)だった。
戸村さんは、音にこだわる上映について、東京・立川のシネマシティの影響が大きかったと語る。シネマシティは、2010年以降の映画館のあり方を変えた劇場のひとつであり、特別な音響上映を求めて関西から足を運ぶ人も多かった。「関西でも、ああいう上映を観たい」という声がある。だったら、塚口でもやってみよう。
そこで、ライブハウスで使うようなスピーカーをレンタルし、『マッドマックス』で試してみた。すると、お客さんの反応がまったく違った。何より劇場側が、「音ひとつで映画がこんなに変わるのか」と実感したという。
この言葉は、映画の本質を突いている。映画は映像だけではない。音によって、体感が変わる。距離感が変わる。恐怖も、興奮も、感動も、体の奥に届く深さが変わる。

その後、塚口サンサン劇場は『ガールズ&パンツァー 劇場版』(監督:水島努)の上映で、音響監督・岩浪美和さんと出会う。岩浪さんが劇場に来て、作品に合わせて音響調整を行う。その経験によって、ただ音が大きいだけではない、作品に合わせて音を設計することの重要性を知ったという。
ここで、塚口サンサン劇場は大きな決断をする。毎回レンタルするのではなく、特殊スピーカーを常設する。関西でそういったスピーカーを常設している劇場は当時なかった。だったら最初の劇場になろう。そうしてシアター4にスピーカーを導入し、現在の“音にこだわる劇場”というイメージが形になっていった。
音を目当てに来るお客さんも増えた。一度ほかの劇場で観て面白かった作品を、「次は塚口の音で聴きたい」と再訪する人もいる。
映画を“観る”だけでなく、“浴びる”ために劇場へ行く。塚口サンサン劇場は、その体験をつくっている。
大作とインディーズのあいだに立つ
塚口サンサン劇場は、大作専門でも、ミニシアター専門でもない。戸村さんは、劇場の規模として「大きくもなければ小さくもない、真ん中ぐらい」と話す。
この“真ん中”という立ち位置が、とても重要だ。ミニシアターやインディペンデント映画は、どうしても客層が絞られやすい。けれど、それだけではもったいない。もっと多くの人に知ってもらう必要がある。
塚口サンサン劇場は、大作を観に来る人と、ミニシアター系の作品に興味を持つ人との間にある“橋”のような存在を目指している。大作を観るつもりで来た人が、少し違う作品に出会う。アニメやインド映画で劇場に来た人が、次に小規模な作品を観てみる。そうして映画の視野が広がる。
この考え方は、ミニシアターにも参考になる。映画ファンは、最初から映画ファンだったわけではない。何か一本の作品、何か一回の体験が、その人を少し深い場所へ連れていく。塚口サンサン劇場は、その入口を広く開けている。

コロナという、どうしようもなさ
70年以上続く映画館には、当然、何度も危機があった。シネコンの登場、デジタル化、観客動向の変化。その中でも戸村さんが「一番しんどかった」と語るのは、やはりコロナ禍だった。
デジタル化は大変だったが、“お金の大変さ”だ。機材を導入すれば、上映を続けることができる。しかしコロナは違った。映画館側がどれだけ努力しても、どうにもならない。
2020年4月から、制限がすべて解けるまでの間。それは、映画館にとって経験したことのない時間だった。本当にこのまま終わるのではないか。そう思うほどの状況だったという。
映画館は、人が集まることで成り立つ。その“集まる”こと自体が難しくなった時、映画館はその存在理由を根こそぎ揺さぶられたはずだ。スクリーンがあっても、椅子があっても、映写機があっても、人が来られなければ映画館は映画館になれない。
『RRR』が終わらなかった映画館
近年の印象的な上映として、戸村さんが挙げたのがインド映画『RRR』(監督:S・S・ラージャマウリ)だった。当初は3週間、長くても4週間ほどの予定だったという。ところが、上映を続けているうちに「もう少しやろうか」「もう少し」となり、やめ時がわからなくなった。結果として、1年9か月ものロングランになったという。
1年9か月。これは、ほとんど伝説である。
もちろん、毎回満席というわけではない。けれど、上映すれば必ず何人かが来る。日が経っても、お客さんが途切れない。ブルーレイが出ても、配信が始まっても、後から『RRR』を知った人が「映画館で観たかった」と塚口を訪れる。
この現象には、今の映画館の希望が詰まっている。配信で観られるようになっても、それでも映画館で観たい映画がある。しかも、いい音で観たい、いい環境で浴びたい、という欲望がある。『RRR』は、塚口サンサン劇場の音響の強みともぴったり合った。観客は作品を観に来るだけでなく、「塚口で『RRR』を観る」という体験を求めて来る。映画館が、作品の魅力をさらに増幅させる。この関係は、とても美しい。
地元を“ショッピングモール”ではなく“スプリンクラー”にする
塚口サンサン劇場の地域連携の話も面白かった。戸村さんは、シネコンのビジネスモデルを「ショッピングモールの最上階に映画館があり、映画を観たお客さんが下の階で食事や買い物をする」と説明する。つまり、映画館が集客装置となり、商業施設全体にお金が落ちる仕組みだ。
塚口サンサン劇場はビルの1階と地下に映画館がある。だから、周辺のお店とつながる。劇場のチケット半券を出すと割引になる提携店舗が、周辺に20か所ほどあるという。飲食店だけでなく、整骨院、マッサージ店、美容院なども含まれる。映画館を中心にして、周辺のお店へ人の流れを広げていく。
戸村さんは、それを「スプリンクラー」と表現していた。シネコンが上から下へ水を落とすシャワーだとしたら、塚口サンサン劇場は周囲に水を撒いていくスプリンクラー。この比喩が、とても塚口サンサン劇場らしい。
遠方から来る人が増えたからこそ、映画だけでなく、その日一日を楽しんでほしい。映画を中心に、街散策まで楽しんでもらいたい。映画館が街に閉じているのではなく、街へにじみ出していく。
この考え方は、これからのミニシアターにとって大きなヒントになると思う。
遠方から来るお客さんが多い映画館
塚口サンサン劇場のお客さんは、今では地元だけではない。もともとは尼崎市内のお客さんが多かったが、今では市内は2割ほど。兵庫県全体でも半分には届かないという。大阪、京都、名古屋、東京、横浜、岡山など、遠方から来るお客さんが多い。
映画館のために遠征する。
これは、普通に考えればかなり珍しいことだ。しかし、塚口サンサン劇場ではそれが起きている。塚口サンサン劇場のポイント会員は、入会費500円で、一般料金が1400円になり、ポイントが貯まると1本無料になる。年に一度来ればポイントが更新される。映画館の会員制度とは、単なる割引制度ではない。そこに通う理由をつくる仕組みでもある。この“年に一回でも来てください”という距離感が、なんだか温かい。
映画館は「知的好奇心の遊び場」
最後に、戸村さんにとって映画館とは何かを聞いた。返ってきた言葉は、「知的好奇心の遊び場」だった。この言葉は、塚口サンサン劇場のすべてを表しているように思う。映画館は、見知らぬ世界を知ることができる場所。しかも、自分が知りたい世界を自分で選べる場所だという。
そしてもうひとつ大事なのは、見知らぬ人と同じ時間を共有すること。今は個人の時代だ。好きな映像を、好きな端末で、好きなタイミングで観ることができる。けれど、知らない人たちと同じ暗闇に座り、同じスクリーンを見上げ、同じ音を浴びる体験は、映画館でしかできない。そこには、少し不思議な共同体が生まれる。名前も知らない。会話もしない。けれど、同じ時間を確かに共有している。笑いが重なる。息をのむ気配が重なる。エンドロールの静けさが重なる。それは、単なる娯楽ではなく、人生を少し豊かにする体験なのだと思う。

お客様のための映画館
これからも大事にしていきたいことを聞くと、戸村さんは「お客様のための映画館」と答えた。映画館は、観てくださる方がいて初めて成り立つ。だから、できる限りお客さんが観たい映画、やりたいイベントを、一本でも、一つでも実現していきたい。
この言葉は、とてもシンプルだ。でも、70年以上続いてきた映画館が言うと、重みが違う。
街の若者の娯楽として始まった映画館は、時代の変化を受けながら、ロードショー館になり、二番館になり、ごった煮の映画館になり、音響の劇場になり、遠方からも人が来る場所になった。けれど、根っこにあるものは変わっていないのかもしれない。
塚口サンサン劇場は、映画を“上映する場所”であると同時に、映画館という体験そのものを感じさせてくれる場所だと思う。
塚口サンサン劇場
概要
住所 兵庫県尼崎市南塚口町2丁目1-1-103号 塚口サンサン劇場
電車 : 阪急塚口駅下車南出口東へすぐ
バス : 市営バス阪急塚口下車東へすぐ
お車 : お車でご来場のお客様は、塚口モータープールをご利用ください。
88台収容 通常料金 20分/100円 営業時間最大料金 1200円 営業時間:10:00~21:00
※年末年始は営業時間を変更する場合があります。
THEATER 1 47席
THEATER 2 117席
THEATER 3 165席
THEATER 4 155席
TEL 06-6429-3581
チケット
通常鑑賞料金(2026年7月現在)
一般 2,000円
大学 1,500円
高校 1,000円
中学・小人(3歳以上) 1,000円
シニア(60歳以上) 1,300円
※映画によっては映画料金が異なる場合がありますので、予めご了承ください。
※大学・高校・中学生およびシニア料金の適用には証明書の提示が必要です。
※お車でのお越しの際は提携駐車場「塚口モータープール」を是非ご利用ください。映画をご鑑賞のお客様には駐車料金のサービスがございます。
※割引の併用はできません。
特別鑑賞料金
映画サービスデー 1,000円 毎月1日 すべてのお客様
サンサンサービスデー 1,200円 毎週水曜 すべてのお客様
ペア50割引 2,600円(2名様) 同一上映回をご鑑賞のペアでどちらかが50歳以上のお客様
障害者割引 1,000円 同一作品、同一時間ご鑑賞のお客様 ご本人含め5名様まで
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