初監督作品『あなたが言うなら』について
――八木橋監督の初監督作品である『あなたが言うなら』、素晴らしい作品です。脚本もオリジナルとのことですが、このストーリーはどこから着想を得られたのですか。
短編映画の25分という尺は、CM広告業界からキャリアをスタートしている私にとってはとても長いものでした。そのため25分飽きずに観てもらうためには、途中で観ている方の予想を裏切るような、意外性のあるストーリーにしたい、と最初に考えました。
ストーリーの中で、ある女の子が好きな人の話をしているのですが、その子の好きな人がわからないまま話が進んでいきます。最後にそれが誰だかわかったときに、意外性がありつつ、でも何か納得できるようなストーリーにしました。
――物語の舞台をラジオの生放送にしたのは、どういう理由ですか。
実は、私は深夜ラジオが大好きで、よく聴いているので、一度ラジオを舞台にした話をつくってみたいと思っていました。電話相談という発想は、電話でつながっているけども、相手が見えない状態で会話劇がすすんでいったら面白いのでは、というところから思いつきました。

――冒頭でラジオDJとディレクターが忘年会の話をしているシーンがありましたが、とても自然に感じました。あのシーンはアドリブですか。
完全にアドリブです。六本木にあるラジオ局のベテランのDJ男性が番組ディレクターと雑談をしているという設定で、業界人っぽいちょっと嫌な感じを出してくださいとお二人にお願いしたところ、アドリブであのように自然に話してくださいました。
この作品は、冒頭はアドリブから入り、途中から台本のシーンに入っていくのですが、冒頭のアドリブのシーンをあえて長くしました。それは、わたしの大好きな三谷幸喜監督の『ラヂオの時間』という作品の冒頭が長回しのワンカットなので、リスペクトをこめたのが理由です。あとは、ファーストシーンのカメラワークにもこだわりました。ブースの外のコントロールルームから始まって、小物なども置いてあって、観る人にどうやらここはラジオ局だなと思わせたところで、登場人物たちが入って来る、というように、本題に入る前に、この映画の世界観をわかってもらう時間をつくりました。
――手持ちカメラでの撮影が多いように思いました。それが作品の「不安感」につながっているように感じましたが、そこは意識されましたか。
はい、そこは撮影監督の北村さんと、脚本の段階からよく話し合いました。ラジオブースと相談者の部屋という、お互いに相手が見えない状態での会話の中で、徐々に不安感が募っていき、不穏な空気が流れてくるところを、カメラワークで表現しました。後半のクライマックスにいくにつれて、手持ちカメラの揺れが大きくなり、クローズアップを多用することによって「得体の知れない誰か」と話している不安感を、手持ちカメラの不安定さで、あえて表現しています。
――主演の浜田あさみさんがとても魅力的でした。浜田さんを輝かせるためにどのような演出をなさったのですか。
電話している女性とヘッドホンをしているラジオDJの話なので、意識的に横顔のシーンを多く使いました。
浜田さんが、とても目鼻立ちがはっきりした横顔のきれいな方なのでこの役にピッタリだと思い、起用させていただきました。もちろん正面も魅力的なお顔立ちなのですが、横顔はより凜とされていて、何か心の内に秘めたる熱いもの、強いものを感じました。そのため当初の予定より、横顔のシーンが多くなったほどです。
――対照的にラジオDJ役の松木孝明さんは「嫌なヤツ感」がよく出ていました。松木さんにはどのような演出をなさったのですか。
松木さんは、普段はCMなどのご出演が多く、若いお父さんの役や、ビジネスマンなど爽やかな役が多いです。
この作品の八谷の役は、嫌な印象にしたかったので、少し老けたメイクをしてもらったり、よく業界人がかけている気取った感じの伊達メガネをかけてもらったり、髪型もオイリーにセットしたりと、ヘアメイクで爽やかさをなくす工夫をしました。あと、松木さんはここまでセリフ数の多い役はほぼ初挑戦とのことだったので、具体的にこういう時間帯のこういうラジオ番組をイメージしてくださいとお伝えして、演じていただきました。
――セットについてお伺いします。浜田さんが演じた“キューティーバードさん”の部屋にあったレトロなラジオなど、何かこだわりがあったのですか。
あのラジオは私が探して購入したものです。20代の女の子の部屋にあってもおかしくないデザインだけど、チューニングダイヤルがあり、昔実家にあったラジオのような親しみを感じさせるところがいいなと思いました。あとラジオブースはもともとシンプルで何も置いていないので、何か色が欲しいなと思い、家にあったお風呂に入れる黄色いアヒルのおもちゃを置いてみました。
短編映画紹介
『あなたが言うなら』(ジーンシアターで配信中)視聴はこちらから

ストーリー
人気パーソナリティ・八谷による深夜ラジオ番組の収録にて――リスナーと電話を繋いで相談を受けるコーナーがスタート。今日の相談者はラジオネーム・キューティーバードと名乗る若い女性。「好きになっちゃいけない人を、好きになったことはありますか……?」どこにでもある恋愛相談のように思われたこの話は、八谷の軽快な口調によってどんどん進行していく。
しかしキューティーバードの発言が徐々にスタジオの空気を凍らせていき……。物語は思いもよらぬ方向へ進んでいくのであった。
広告制作から映画制作の世界へ
――八木橋監督のキャリアについてお伺いします。映像にはいつごろから興味をもたれたのですか。
映像に興味を持ったのは、大学時代です。ただ私は映像系の大学に行っていたわけではなく、大学では心理学を学んでいました。
心理学は大学院まで行けば、臨床心理士やカウンセラーになる道があるのですが、大学院に行くことは考えていませんでした。そして、何をやりたいか考えたときに、テレビCMがとても好きで、広告業界、テレビCMに携わる仕事がしたいと思い、CM制作プロダクションに入社しました。映画は好きで、学生時代からよく観ていましたが、映画研究会などに入っていたわけではなく、入社してからはじめて映像制作を経験しました。
――CMの制作は大変ではなかったですか。またCM制作の技法が今の映像制作に活かされていることはありますか。
私は入社してずっとCMの制作の仕事をしていましたが、CM制作は、映画やドラマでいう演出部の役割も兼ねていて、企画の立ち上げから納品まで全てに関わる仕事なので、担当することが多くとても大変でした。
ただ全体の流れとか、どれくらいの人が関わって、誰が何を担当しているかなど、全てを知ることができたので、CM制作に携わって良かったと思っています。その時に出会ったスタッフの方々とは、ありがたいことに今も一緒に仕事をしています。
CM制作は限られた時間の中で、どれだけ要素を盛り込むか、削るかのバランスがとても大事なので、ワンカットにかける情熱がとても強いのです。
ワンカットも無駄にしたくないという、CM制作スピリットが今の映画作りに活かされていると思います。
傍から見たら、ここまで時間をかけるのか、考えすぎじゃないかと思われるかもしれません。
――『あなたが言うなら』の撮影には何日くらいかかりましたか。また、事前の準備はどれくらいされましたか。
3日間かかり、だいぶ時間を押してしまいました。私も初めての映画づくりで、時間的にすべてのカットにこだわっていられないということはわかっていたのですが、どうしてもこだわってしまい、そんな進め方をしていたら、1日目から時間が足りなくなってしまいました。1日目にラジオブースでのシーンをまとめて撮影したのですが、時間内に撮影しきれないと判断し、その場で急遽台本を削りました。役者さんには私が手書きで書き直した台本をスマホで撮ってもらって、それをその場で覚えてもらって、なんとか切り抜けました。
脚本ができてから撮影までの準備期間は1ヶ月くらいだったと思います。助監督不在で美術や衣装の準備などもすべて自分でやったので、普段仕事でご一緒するスタッフの偉大さに改めて気付かされましたね。

――CM制作でご活躍されていましたが、映画をつくりたいと思われたことはあったのですか。
 2020年にフリーランスになったときに、私はこういうものが好きで、こういうものをつくりたいというような、自分の名刺代わりになるような作品が欲しいと思うようになりました。CM制作はクライアントワークなので、自分のつくりたいものをつくれるわけではなく、もちろんそこが楽しくもあり、やりがいも感じられます。
ただ、自分はこんなことが好きですということを世に放っていかないと、フリーランスだと誰も見向きもしてくれないと思ったときに、映画が好きなので、映画を撮ってみようと思いました。まずは短編映画からと考え、2022年くらいから動き出して、2023年にこの作品が完成しました。
――自主映画はつくるのにお金がかかりますが、そのお金を回収できるとは限りません。それでも自主映画を撮りたいと思った理由はなんでしょうか。
そもそも映画の制作費を回収しようとは全然考えていなくて、つくった作品が私の名刺代わりになって、CMでも、ドラマでも、映画でも、次のお仕事につながればいいと思っていました。あとは映画祭にノミネートされて、多くの人に観てもらえたらいいなと。
八木橋監督の3つのモットー
――八木橋監督は「美しい絵の中でふざけること、役者の芝居を魅力的に映すこと、楽しい現場にすること」をモットーにしているとのことですが、詳しくお聞かせください。
CM出身なので、ワンカットに対する熱量は強いと思っています。映画は流れていくものですが、どこで一時停止しても、素敵だなと思ってもらえるような映像にしたいと思っています。映像の一枚一枚が美しくありたい、そのためにはワンカットも手を抜かないことをモットーにしています。
そして、映像はすごく美しいけれど、芝居がすごく面白かったり、セリフですごく変なことを言っていたりとかいうのが、個人的に好きです。
もともとコメディやお笑いが好きということもありますが、見るからにコメディのタッチの中で、面白いことを言うのは、笑いのハードルが上がってしまいます。美しい映像の中で、突然変なことが始まったら、思わず笑ってしまうのではないかと思うのです。
そして楽しい現場にすることですが、私はCM制作時代に雰囲気が悪い現場に接することがありました。私の現場ではそういう空気をつくりたくないと思っています。
私はいつも撮影が始まる前に、キャスト、技術スタッフ、制作スタッフ、エキストラの方々、とにかく誰でも何か思ったことがあれば言ってくださいとお願いしています。誰でも対等に意見しあえる現場、楽しい現場を心掛けています。
――『あなたが言うなら』は数多くの映画祭で受賞しています。受賞して感じられたこと、考えが変わられたことなどありましたらお聞かせください。
この作品の脚本は私が書いたのですが、観ていただいた方の感想が本当に様々で、こんな受け取り方をするのか、観た人によってこんなに違うのか、ということに気付かされました。例えばラストのシーンですが、ハッピーエンドと捉える人がいれば、バッドエンドと捉える人もいました。
自分一人で書いた物語ですが、こんなにいろいろな解釈があるのかということに気付き、とても勉強になりました。

インディーズ映画のこれからと今後の活動について
――今後は長編映画にもチャレンジされますか。
そうですね。いつかは挑戦したいとは思っていますが、やはり長編映画は短編映画の何倍も体力と気力とお金が必要ですよね。
『あなたが言うなら』は思い切ってつくってみて、結果的に周りの良い方々に恵まれてうまくいった作品だったので、長編映画をやるならしっかりと準備をして、そこに適した環境とタイミングが来た時にやりたいと思います。
――好きな監督、目標にしている監督はいらっしゃいますか。また好きな映画はありますか。
日本の監督だと、最近は石井裕也監督の作品が好きです。石井監督が描く、"もがいている人"にいつも引き込まれます。映画の企画を咀嚼して、それをご自身の作家性で表現するのがピカイチだと思います。
好きな映画は、やはり『ラヂオの時間』ですね。コメディが大好きなので、『ハングオーバー!』シリーズ(監督:トッド・フィリップス)も好きです。
最近では松岡茉優さん主演の『愛にイナズマ』(監督:石井裕也)がとても良かったです。松岡茉優さんと言えば、彼女が主演している『勝手にふるえてろ』(監督:大九明子)も好きなのですが、彼女が演じるようなちょっと毒のある女性を描きたいといつも思っています。
あとは、小さい頃ミュージカルをやっていた経験があり『グレイテスト・ショーマン』(監督:マイケル・グレイシー)のようなミュージカルも好きですし、『ショーシャンクの空に』(監督:フランク・ダラボン)は大好きな作品です。
――八木橋監督は、インディーズ映画をどのようにとらえていますか。また、これからどうなってほしいと思われますか?
インディーズ映画は、今の若手監督の挑戦の場になっている側面が大きいと思うのですが、観る側からすると、商業映画を撮っていない人が撮るものというイメージがあるので、そこを払拭していきたいと思っています。
インディーズ映画は、商業映画ではできないような面白い企画や、社会に揉まれていない尖りまくった監督の作家性が見られるところが魅力ですよね。私も多くの映画祭に参加して、埋もれたままでいいわけがない!と思えるような素晴らしい作品に出会えているので、大きなシネコンで流れているような商業映画よりもすごくチャレンジングで斬新な映画が多いことを一般の方に知っていただきたいと思っています。
映画のジャンルにコメディ、ホラーがあるように、ジャンルのひとつとして、インディーズ映画、短編映画が受け入れられて、広まっていけばいいと思っています。
――最後になりますが、今後はどのような活動をしていきたいですか。
私は広告から映画業界に入ってきた身なので、広告の仕事を続けていきながら映画やドラマの仕事もどんどんやっていきたいと思っています。今まではCM業界、映画業界、ドラマ業界というように、それぞれ違う畑というイメージがあったと思いますが、あまり業界を絞らずにいろいろなことをやっていきたいです。最近は映画監督がCM監督をする、逆も然り、というような例が増えてきたので、あまり閉鎖的にならずに、その業界の良いところを引き出しつつ、枠にとらわれずに、いろいろな仕事をしていきたいです。
ベースとしてはお芝居が好きなので、広告でもお芝居に携われるようなものをやっていきたいです。
この映画監督の作品
井村哲郎
以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。
自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。