下北沢映画祭は下北沢に暮らしていない人の有志から始まった

ーー下北沢映画祭は2009年に始まりましたが、開催のきっかけを教えてください。

下北沢という街は、演劇の街、音楽の街というイメージがすごく強いですよね。小劇場の舞台俳優やインディーズバンドを発掘する土壌がある街です。新しい才能を見出したいという人たちが集まっている場所だからこそ、私たちは映画を通して、これからの人と出会おうーーーそんな信念で立ち上げて、気づけば2025年で17回目の開催となります。

ーー2025年も秋に3日間開催ですね。招待作品とコンペティションの二本立ては最初からこの形でしたか。

最初の頃は、コンペティションと、コンペ審査員のトークショーや関連作品の上映など、ミニマムなプログラム編成でした。場所もタウンホールのみでした。その後、助成金を申請しようとしたところ、募集要項に「3日間開催」「複数会場が望ましい」という条件もあったので、複数プログラムを実施できる形にしました。今ではかなりのプログラム数になっています。

下北沢映画祭 平井万里子代表

ーー会場も4ヶ所と、下北沢の街全体を使った映画祭ですね。

メイン会場は北沢タウンホールで294席となっています。さらに下北沢にあるミニシアター、下北沢トリウッド、シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』、そして下北線路街空き地を会場としていて、下北沢の街中を周遊できるような映画祭を目指しています。

ーー多くの映画祭はコンペティション中心ですが、下北沢は招待作品にも力を入れていますね。そこにはどんな意図がありますか。

コンペティションは自主制作作品が中心で、映画に熱心な層から高い支持を得ていますが、熱心な層だけに楽しんでいただくのではなく、さまざまな世代の街の方たちや映画ファン以外の方にも映画祭を楽しんでほしいと考えました。例えば劇場公開時に見逃してしまった話題作などを上映することで、幅広い層に来てもらえるようにしたいんです。

ーー17回の中で、記憶に残るご苦労はありますか。

本当にたくさんあります。まず、街の方たちが主体となっている下北沢音楽祭や下北沢演劇祭と違い、下北沢映画祭は下北沢に暮らしていない人たちが有志で立ち上げたものです。映画祭というものは、地域活性化という目的が掲げられることが多いですが、下北沢は街としてすでに活性化しており、毎週のように街中でイベントが行われている。その中で街の方たちに“街のイベント”として認めていただくには、非常に時間を要しました。
だからこそ、毎年コツコツ積み重ねた継続性を評価していただき、第10回から下北沢の街の方々が実行委員会に入ってくださったときはとても嬉しかったですね。

まず、北沢タウンホールを優先的に借りられるようになったのが大きいです。それまでは抽選制で、その年の春に抽選に臨むのですが、抽選に外れ続けると自ずと開催日が定まらず、プロモーションも進められない。そのため、北沢タウンホールではない施設で実施しようと舵を切った数年間がありました。下北沢成徳高校のミモザホールをお借りして自分たちで1からステージを作り上げたり、小さなイベントスペースを転々としたりもしました。その数年間を、私は「流浪の映画祭」と自虐的に呼んでいましたが(笑)、でもこの時間があったからこそ、どんな困難があっても乗り越えられる、映画祭としての筋肉が鍛えられたように思います。

ここ数年のことでいうと、やはりコロナ禍でしょうか。あの時は、映画館がすべて休業し、あらゆるイベントが開催できない状況でしたよね。私たちの間でも当然、その年の映画祭を開催すべきか議論になりましたが、映画館が休業する中、私たちのような小さな映画祭ができることは、上映の場を守り続けることだと思い、無観客ではありましたが会場を借り、例年通り、全ての企画を“オンライン配信”しました。慣れないことで大変でしたが、あの時、休まなくて良かったと強く感じています。

下北沢映画祭のコンセプトは下北沢の空気感から決めた

ーー下北沢映画祭のミッションやコンセプトは何でしょうか。

「これからの才能を発掘し、応援すること」です。下北沢という街自体がそういう性質を持っているからこそ、映画祭もその延長線上にあります。

ーー実行委員会と運営委員会という2つの組織があるのですね。

私が代表を務めているのが、運営委員会で、企画立案、広報、渉外、当日の舞台運営までを担っています。その上にあり、街の方たちが在籍しているのが実行委員会。北沢タウンホールの優先的なレンタルや、世田谷区、下北沢の商店街、小田急電鉄さんや京王電鉄さん、昭和信用金庫さんなど街の企業との連携は実行委員会のご協力あってこそのものです。

ーー毎回映画祭はテーマを設けていますか。

特にありません。ただ招待作品は毎年「公開時に話題になった作品」「街に暮らしている人たちが楽しめる作品」「下北沢にちなんだ作品」を選ぶようにしています。
下北沢にちなんだ作品は毎年人気があり、過去には下北沢で撮影した『街の上で』(監督:今泉力哉)のプレミア上映や、下北沢が舞台の話で、下北沢にゆかりのある方が多く出演している『ざわざわ下北沢』(監督:市川準)などを上映しました。2024年は下北沢を愛したピアニストであるフジコ・ヘミングさんのドキュメンタリー『フジコ・ヘミングの時間』(監督:小松莊一良)を上映しました。
今年は、下北沢に実在する喫茶店「こはぜ珈琲」を舞台にした細井じゅん監督の『結局珈琲』を関東初上映します。(※チケットは完売)

――10月10日には、前夜祭として『ミニオンズ フィーバー』を下北線路街空き地で上映されますね。

屋外上映なので空が暗くなった18:30から上映します。主な対象はお子さまなので、親子連れで来場してくれることを期待しています。もちろん大人同士でもOKです。キッチンカーも並んでいるので、暮らしている人が散歩がてら来てくれたり、下北沢にフラッと訪れた方が覗いてくれたりと、自由に楽しんでほしいと思っています。

コンペも多様性で選出

ーーコンペの選定方法を教えてください。

公募は60分以内の作品であれば、ジャンルは問わず幅広く受け付けています。下北沢が様々なものを取り入れる寛容性が高い街なので、実写・アニメーション・ドキュメンタリーなど幅広いジャンルを対象に、部門を分けずに賞を授与しています。
2025年は389本の応募がありました。審査には13名のスタッフが携わり、世代や性別も幅広く、多様な視点で選考しています。各作品は最低でも3〜4名が審査し、まず一次選定で50〜60本まで絞り込みます。その後、全員で通過作品を確認し、最終的に9本がノミネート作品となりました。

選定で意識していることは、作品のクオリティはもちろんですが、同時にお客さんに中・短編映画の魅力を知ってもらうことも目的にしているので、ジャンルのバランスも重視します。
様々なジャンルを皆さんに観ていただきたいので、特定のジャンルに偏らないようにしています。

ーー最終審査はコンペ当日に行われるんですね。

はい、最終日の午後から全作品を一挙上映して、その日のうちに結果が発表されます。舞台挨拶やトークセッションもあり、ライブ感を大切にしています。

ーー2025年のゲスト審査員は『ナミビアの砂漠』の山中瑶子監督ですね。起用された理由を教えてください。

山中瑶子監督は、第9回下北沢映画祭第で『あみこ』がグランプリを受賞した監督です。『あみこ』はPFF(ぴあフィルムフェステイバル)やベルリン映画祭など、国際的にも評価されています。もう一つ大きな理由は、『ナミビアの砂漠』プロモーション時の山中監督のインタビューや各映画祭での授賞式での言葉には作り手としての強さと優しさ、そして葛藤が同居していて、若い映像作家に寄り添える方だと感じたからです。下北沢映画祭のノミネート監督に刺激を与えてくださると確信し、お願いしました。

――他の審査員はどのような方がいらっしゃいますか?

『愛がなんだ』や『笑いのカイブツ』のプロデューサーである前原美野里さん、下北沢トリウッドとポレポレ東中野の代表である大槻貴宏さん、東京国際映画祭で作品選定ディレクターを担当されていた矢田部吉彦さん。ゲスト審査員を含めた全審査員に、グランプリと準グランプリを決定していただきます。

ーー賞の構成についても教えてください。

グランプリ、準グランプリ、お客さまの投票で選ぶ観客賞に加えて、小田急電鉄賞、京王電鉄賞があります。小田急電鉄賞は小田急の管轄で映画の撮影ができる権利、京王電鉄賞は下北沢駅前のデジタルサイネージや京王線車内映像で作品の予告編を流せる権利があり、とても実用的です。他には下北沢商店連合会賞があります。

ーー出品料や入場料はありますか?

応募の時に出品料1,300円をいただいており、来場者の皆さんからは入場料をいただいています。これは映画祭の運営の持続性のためにとても重要です。

――協賛についてはいかがでしょう。

協賛も増えつつあり、屋外上映ではスポンサーが会場費を負担してくださることもあります。

ーーこれまで下北沢映画祭から羽ばたいた監督にはどなたがいますか?

たくさんいるので、数人を挙げるのが難しいのですが、第2回で『最低』という作品で準グランプリを受賞した今泉力哉監督は、『窓辺にて』や『ちひろさん』など大活躍されていますし、同じく第2回で『山』がノミネートされた岩井澤健治監督は、現在『ひゃくえむ。』が大ヒット公開中です。第13回グランプリ受賞作『MAHOROBA』の鈴木竜也監督は、今年『無名の人生』という作品で長編デビューを果たしました。映画祭出身の監督が全国に羽ばたいていくのは本当に嬉しいことです。

ーー最後に、今後の展望を教えてください。

これからの才能を発掘し続けるのはもちろん、下北沢という「暮らしと文化が共存する街」に根ざした映画祭でありたいと思っています。週末は若者で賑わい、平日はベビーカーを押す家族が歩く街。だからこそ、カルチャーの最先端を提供しながら、ふらっと立ち寄れる野外上映や下北沢ゆかりの作品上映も続けたいと考えています。 

 

Profile
平井万里子
DVD情報誌の編集プロダクション勤務を経て、フリーの編集者に。書籍編集などの傍ら、2014年よりフリーランスの映画宣伝としての仕事もスタート。2009年から下北沢映画祭の運営にも携わっており、第4回から代表に就任。主にメインプログラムとなるコンペティションの統括や、映画祭を広く届けていくための渉外活動などを行う。第17回下北沢映画祭を10月11日~13日開催予定。https://shimokitafilm.com

開催概要

第17回下北沢映画祭

日程
2025年10月11日(土)~ 10月13日(月・祝)
※10月10日(金)は前夜祭として下北線路街空き地で子ども向け野外上映会

北沢タウンホール

10月11日(土)

13:50~『Good Luck』(監督:足立紳)
17:20~『結局珈琲』 (監督:細井じゅん)

10月12日(日)

10:50~『HAPPYEND』 (監督:空音央)
13:30~『ナミビアの砂漠』 (監督:山中瑶子)
17:30~『まーごめ180キロ』(監督:白武ときお)

10月13日(月)

11:00~『うえだのまなざし』(監督:三好大輔)
13:10〜第17回下北沢映画祭コンペティション
<コンペティション参加作品>
第1部 13:12〜14:40
『アナログ坊やとおたずね老婆』(監督:乾拓歩/20分48秒)
『不良率』(監督:趙曈/8分30秒)
『空回りする直美』(監督:中里ふく/44分34秒)
第2部 14:50〜16:20
『田舎星』(監督:Oh Hey Do/14分29秒)
『ノイズの住人』(監督:アンドレス・マドルエニョ/48分47秒)
『oppo』(監督:関こころ/11分40秒)
第3部 16:30〜17:57
『最高の友達ができた』(監督:野呂悠輔/59分59秒)
『英雄歯』(監督:飯塚貴士/4分06秒)
『ウチの宇宙は三角形』(監督:門田樹/8分14秒)

シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』

下北沢映画祭WEEK《新進監督特集2025》
10月10日(金)~10月16日(木)

『石とシャーデンフロイデ』(監督:白磯大知/出演:三村和敬、富田健太郎、田中美晴 ほか)
10/10(金)19:00* 13(月・祝)16:40* 15(水)19:00*
上映終了後トーク(30分)

『うってつけの日』(監督:岩﨑敢志/出演:村上由規乃、岩﨑敢志 ほか)
10/11(土)16:10  10/14(火)・16(木)18:10

『平坦な戦場で』(監督:遠上恵未/出演:櫻井成美、野村陽介 ほか)
10/12(日)13:55*. *上映終了後トーク(30分)

下北沢トリウッド

『モダンかアナーキー』
10月11日(土)~10月13日(月・祝)

北線路街空き地

子ども向け野外上映会 10月10日(金)18:30〜20:00

『ミニオンズ フィーバー』を野外上映! 

小雨の場合は開催いたします。
荒天時(雨天)は中止となります。

公式
Webサイト 
https://shimokitafilm.com/

X
https://x.com/shimokitafilm

Instagram
https://www.instagram.com/shimokitafilm/

インタビュアー
井村哲郎

以前編集長をしていた東急沿線のフリーマガジン「SALUS」(毎月25万部発行)で、三谷幸喜、大林宣彦、堤幸彦など30名を超える映画監督に単独インタビュー。その他、テレビ番組案内誌やビデオ作品などでも俳優や文化人、経営者、一般人などを合わせると数百人にインタビューを行う。

自身も映像プロデューサー、ディレクターであることから視聴者目線に加えて制作者としての視点と切り口での質問を得意とする。